そして、吉凶の元、野人、もとい、関羽と張飛は、例の行商人から諸地域の動き、今、掴んでいる城内の人の動きなどを聞かされている。
さらに……。
「あの、
ここだけの話ですがね、と、行商人は、くくくと、嫌な笑いを発しながら、関羽と張飛に耳打ちした。
「あれは、昔、とてつもない暴れ者で、若い娘がいたら、手当たり次第、手をつけておったのです。そして、妹を弄ばれた、ある官吏が、徐庶を成敗すると、仇討ちに立たれた。妹様は、操を守れなかったと、自害なさったのですから、当然の事でしょう。しかし、助っ人含め、残念ながら、官吏……と、なると、武には、やはり、長けていない。当然と言えば当然、返り討ちに、合ってしまったのです。しかしながら、官吏の集まり。そこは、手を回し、すぐに、徐庶は、捕らえられ、投獄されました。しかしですよ、仲間の手引きで、徐庶という男は、こともあろうか、牢破りを行って逃げ出した。そして、ほとぼりが冷めた今頃、何事もなかったように、ここへ、戻って来た。しかも、何も知らない劉備様に取り入って……ゆえに、諸葛亮という男も、あれだけ、とぼけているのですよ。すべては、劉備様を操るために……こざかしい真似をしておるのです」
「兄じゃーー!!!」
たちまちに、張飛の雷声が、響き渡った。
「うーん、なるほどなぁ」
関羽も、渋い顔をしている。
怒り心頭の二人を、劉備は、静かに見ていた。
「……そうであったか。良く調べてくれた。では、孔明の姑、
おや、さすがは、劉備様!と、行商人は、揉み手で、劉備の機嫌を取った。
「うむ、やはり、潮時ということなのか。ここは、北へつくしかあるまいなぁ。
「なんの!劉備様の才は、確かなもの、我が主も、認めております。ここは、私に、お任せを」
行商人は、頭を下げる、が、
「ほお、お主の、主は、曹操か」
と、劉備は、冷たくいい放つ。
「……それは、いったい」
「この者は、こちら側の間者では……」
行商人と、劉備のやり取りに、関羽と張飛は、ポカンとしていた。
「まだわからぬのか、この、野人どもがっ!!」
劉備は、二人を怒鳴り付け、やおら、卓に寘かれている、水入りの酒壺を掴みあげると、行商人へ向け、投げつけた。
いきなりのことに、油断した行商人は、まともに、壺を顔に受け、うーん、と、呻き、ばたりと床へ倒れた。
はあはあ、と、肩で息をする劉備を、あっけに取られながら、見ていた、関羽と張飛は、慌てて、平伏した。
「いい加減に、目を覚まさぬかっ!!そもそも、お前達の過去も、それなりのものであろうがっ!!それを、口車に乗せられて、何が、徐庶が、荒くれ者だっ!!!馬鹿者!話は、真逆だっ!!!徐庶が、荒くれ者を成敗した。しかし、役人につかまった。それを、仲間と、街の者達が、こっそり、牢から逃したのだ!!私は、
劉備の怒りに委せた怒鳴りに、関羽と張飛は、許しを乞いつつ、ひたすら、頭を床にすり付けている。
「わかったか……間違っているのは、お前達だ。いや、私もそうだった。しかし、諸葛亮が、目を覚まさせてくれたのだ。孔明が、おらねば、きっと、我らは、客将として、各地を転々とするのみ。そして、義理で頭を下げる者達相手に、いい気になっていたことだろう。関羽、張飛、それが、今の我らの姿なのだ──」
劉備は、少しばかり、寂しげに、義兄弟へ、語りかけた。
「劉備様!!!申し訳ありません!!」
関羽と張飛は、さらに、頭を下げた。
「うん、まあ、私も、同じ、だったのだ。お前達を叱りつける資格はないがな、それを、気づかせてくれたのは、孔明だ。あの者を重用するのを、わかってくれ。私には思いつかない考えを持っている。孔明の言葉には、常に、はっと、させられる。そう、私は、今、水を得たのだよ。水を得た魚なのだ……、うん、そうだな、こやつのように」
と、割れた酒壺のせいで、水浸しになりながら、床に伸びている行商人に、劉備は目をやった。