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第50話 調味料を売ってみた

 邪神パラノアの素材が模造品レプリカ扱いを受け、30万Gというクッソ安価で売買された。

 いくら巨大な力を誇る多頭竜でも結局は闇の儀式で受肉された、言わば不正で得た肉体。

 天然の竜の素材とは質が異なるという道理のようだ。

 したがって30万Gで売れただけでも、まだラッキーな方だとか。


 そうして途方に暮れる私達。

 アスムは形の良い顎に手を添え思案する。


「……残るギャラは90万Gか。今夜は土下座して馬小屋に寝泊まりするから良しとしてどうするかだが……」


 アスムの何気ない言葉に、私は「ええ!?」と声を張り上げる。


「う、馬小屋!? 嫌よ! まだ野宿の方がマシだからね! 尊い女神が馬小屋に泊まるってどーよ!? せめて人が寝ていい場所にしてぇ!」


「ユリ、都市部で野宿は難しいだろ? それに宗教や世界こそ違えど、馬小屋と神は縁がある筈だ」


「理由にもよるっての! 私達は無一文で仕方なくでしょ!? せめて宿代くらい稼ぐ方法を探すべきよ!」


「手はなくもない。冒険者ギルドでクエストを請け負うか、あるいはギルドに借金するかだが……今時間だとクエストを達成しても報酬を受け取るのは明日になる。それに下手な借金をしてしまうと、それが優先されニャンキーのギャラが支払うことができなくなる。結局は金欠という負のスパイラル状態だ」


 そんなスパイラルいらねーっ。何とかならないのかしら?

 あれ、そういえば、


「今からベルフォードって商人に会えばいいんじゃない? その人ならアスムの自家製調味料を結構な高額で買ってくれるのでしょ?」


「……まぁな。だがどうもな」


 何故かぐずり出すアスム。


「さっきから何渋ってんの? 他に方法がないならやるべきじゃない!」


 せめて今夜の宿代くらいは稼いでほしいと願った。


「……入国した時に話しただろ? どうもズルしているような気がしてならないんだ。そそもそも売り物ではない。例えるなら自分が愛情を込めて手塩にかけて育成したペットを他人に譲る気分だ。あの子達は一粒残らずちゃんと使ってくれるだろうか? 美味しく大切に活かしてくれるだろうか? 粗末に扱われ紛失されないだろうか? そう思うと夜も眠れない……」


「あの子達って何!? 調味料の話よね!? もう背に腹は代えられないでしょ! この際、手段を選ぶなァッ!」


 異常なほどの愛情を露わにするアスム。

 私も清き女神が吐いていい台詞じゃないけど、この際仕方ないわ。


 この男、モンスター飯には他人の迷惑を顧みず羽目を外すくらい貪欲の癖に、それ以外のことに関しては妙に生真面目なところがある。

 ラノベ脳に侵された他の転生勇者達なんて、しれっと無自覚を装って自分の力を見せつけるため建物や自然を破壊したり、他人の矜持を搾取するなんて当たり前のようにしているのにね……。


 私の剣幕に、アスムは「わ、わかった……」とドン引きしながら了承した。


◇◆◇


 そうして夕刻頃、私達はベルフォードの邸宅に来ていた。

 流石、評議会を務めるほどの富裕層の商人。

 まるで貴族の屋敷を彷彿させる豪邸だ。

 アスムは門を叩くと、燕尾服を纏った老人が出てくる。


「ベルフォードさんに会いに来た。明日夢と言えばわかるだろう」


「しばらくお待ちを」


 アスムと私達はしばらく門の前に待たされる。


「――旦那様より『お待ちしておりました』と仰っております。お仲間の方達もどうかお入りください」


 意外とすんなりと屋敷に入れてくれた。

 そのまま執事に案内され、私達は客間と思われる部屋に通される。

 豪華そうな調度品が幾つも並べられた贅を極めたような客間だ。

 私達は案内されたソファーで横並びに座らされる。


 間もなくして、二人の人族が入ってきた。

 一人は50代くらいで恰幅の良い中年の男性でニコニコと微笑み、随分と派手で身形の良い服装を纏っている。

 彼がベルフォードという商人のようだ。

 もう一人は若く20歳くらいの若い女性で、背が低く可愛らしい顔立ち。丸眼鏡を掛けており茶色い髪を後ろに縛っている。


 アスムに習い私達は起立した。


「どうぞお座りください。お久しぶりです、アスムさん」


「一年ぶりでしょうか、ベルフォードさん……そちらの女性は?」


「初めましてレシュカと申します。アスムさん、貴方のお噂は兼ねてより父から聞いております」


 どうやらベルフォードの娘のようだ。


「レシュカは、まだ未熟者ですが将来的に私の跡を継がせようと思っております。女性であますが、商人として『目利き』が備わっていると親馬鹿ながら思っている次第で、この場に立ち会わせていただくことをお許しください」


「俺は一向に構いません」


 ソファーに座ったアスムは、予め〈アイテムボックス〉から取り出したストック分の調味料が入った瓶の一式をテーブルの上に置く。


「こちらの、砂糖、塩、胡椒、醤油、調理酒の買い取りをお願いしたい」


「ほう、今回は砂糖もですか……こちらもアスムさんの自家製で?」


「そうです。まずは収穫したサトウキビを刻み絞った汁をろ過して加熱しながら濃縮させ、砂糖の結晶を作る。そして結晶だけを取り出し、さらに不純物を取り除くために数回に渡りろ過を行った後、加熱して純度の高い結晶から作り上げたモノです」


 恐ろしいほど気の長い作業ね。

 病的な拘りがなければとても作ろうなんて思わないわ。


 アスムの説明に、ベルフォードとレシュカは「では拝見いたします」と瓶を手に取り蓋を開けて確認し始める。

 その時、レシュカの瞳孔が青く光り魔法陣が浮き出される。

 あれは……アスムと同じ〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉?

 いえ少し異なるわ……おそらく商人ならではの見分と鑑定に特化した固有スキルね。

 ベルフォードが言っていた、レシュカに『目利き』が備わっているとはこういう意味だったんだわ。


「どうだい、レシュカ? どれも品質の良い調味料ばかりだと思わないか?」


「はい、お父さん……噂通り、どれも濁りがなく雑味のない素晴らしい精巧な逸品ばかりです! とても一個人が作ったとは思えません! アスムさん……これほどの調味料、いったいどのような特殊製法を用いたのでしょう!?」


「やり方自体は他の職人と大して変わりませんよ。ただ俺の場合、ろ過しきれない不純物をピンセットで一粒ずつ取り出していますけど」


 え!? 嘘ッ、そこまでやってんの!?


 アスム曰く、「〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を使用すれば不純物を見極め取り出すことが可能」であるとか。

 凄いとしか言えないけど、それをピンセットで全て取り除くなんて、もう細かさを通り越して狂気の域ね……。


「流石はアスムさん。以前に召し上がった『モンスター飯』といい、私はその果てなき拘る姿勢を高く評価しています。今回も是非に買い取らせていただきますよ!」


「どれも一流の王宮で使用されても可笑しくないレベル、いえそれ以上の貴重品です! きっと買い手は数多となるでしょう!」


 ベルフォードとレシュカ親子がテンションを上げる中、アスムは「は、はぁ」と何故か気のない返事をする。


「――では金貨50枚、しめて500万Gでどうでしょうか?」


「ご、五百万!?」


 アスムでなく、私が思わず声を張り上げてしまう!

 だって500万Gよ! 日本円だと500万円になるわ! スーパーで買ったら千円するかしないかでしょ!?

 いくら食糧難で高価な代物だって、この異世界ゼーレの価値基準、どうなっているの!?


「は、はぁ……」


 はぁじゃないわよ、アスム! ここは飛び跳ねて喜ぶべきでしょ!?

 まさか、まだ調味料を『我が子』扱いしているの!? 

 寧ろ高額で引き取ってもらった方がその子達だって幸せじゃない!

 って何を言っているの私……。


「おや? 低すぎましたか……なるほど、では金貨60枚でどうでしょうか?」


「流石にこれ以上は……」


 ですよねーっ、寧ろ100万Gも増えただけでもありがたいっす!

 にもかかわらず、アスムはまだ「はぁ」と気のない返事をしている。

 不味いわ! ここで取り下げられたら馬小屋行き決定よ!


「ちょっと、アスム! ここまでしてくれているんだから売っちゃいなさいよ!」


「……ユリ、売る分には構わないんだが……彼ら・ ・がちゃんと調味料として調理に使ってもらえないか不安だ。知っているか? 古代で胡椒がキンと取引されていた理由も、冷蔵技術がなかったから防腐剤や薬品として扱われていたことにあるんだ……」


「知らねーよ! どう扱うかは買った人の自由でしょ!」


 いつまでもぐずっている狂人勇者に、馬小屋に泊まりたくない私は怒声を浴びせた。


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