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第51話 奴隷商の話を聞いてみた

「――では、しめて600万Gで買い取りいたします」


「はい。是非にそうしてください」


 結局、私がベルフォード親子と取引した。

 だってアスムったら、いつまでもぐずって一向に首を縦に振らないだもの。


 それからベルフォードの指示で使用人がトレーに乗せた金貨60枚を持ってくる。

 レシュカが「では頂きますね」と言い調味料を手にしようとした瞬間、アスムは凛々しい顔でぐいっと彼女の手を握り締めた。


「ア、アスムさん?」


 彼のカッコよさに、つい頬を染めてしまう年頃のレシュカ。


 しかし、


「待ってくれ! 最後に彼ら・ ・と別れを告げさせてくれ!」


「いい加減にしなさいよ! 別れを告げたって意味ないでしょ!」


 この男、どんだけ女々しいんだろう……調味料を売るだけなのに。

 何気に「彼ら」とか言っちゃっているし完全に人扱いね。

 けどアスムが狂人ぶりを発揮してくれたおかげで、ほの字気味だったレシュカの顔色がサーッと引いているわ。


 ようやく調味料が売れ、アスムの手元には金貨60枚の600万Gが手渡された。

 これでニャンキーのギャラが支払われ、私達も馬小屋での宿泊を回避することができたわけね。


「……はぁ。ではベルフォードさん、俺達はこれで」


 アスムは悲しそうに溜息を吐き、ソファーから立ち上がろうとする。


「――そうだアスムさん。関所の砦で役人達に何か言われませんでした?」


 ベルフォードが呼び止め訊いている。


「ええ、以前の『モンスター飯』を民達に提供したことを少々……そういえば新しい仲間の二人を見て、前科のある俺を奴隷商人と繋がりがあると勘繰られそうにはなりましたが?」


 アスムは横目で私とラティをチラ見する。

 するとベルフォードは頭を下げて「すみません」と謝罪した。


「これはとんだ失礼を……どうかお許しください」


「いえ別に。ベルフォードさんの名前を出したおかげで、その程度で済んだわけですし、貴方が謝る必要はないですよ」


 そもそもアスムが貧しき者達への施しで『モンスター飯』を勝手に振る舞っていたことから疑惑の目が向けられたようなもの。

 まだ魔物肉は「食べたら死ぬ」とか「亜種族しか食べない、ゲテモノ食」という認知だから仕方ないわ。

 逆に評議会の役員であるベルフォードが贔屓ひいきにしてくれたおかげで、前科者のアスムもすんなりと入国して入国税も払う必要がなかったわけだしね。


「役人も話していたと思いますが、以前よりノルネーミ国内で奴隷の密売や人身売買が横行しておりまして私達評議会も撲滅に躍起になっております」


「何分、組織ぐるみだけに皆が過敏となり、特に入国の取り締まりが厳しくなっている次第でして……」


 ベルフォードに続きレシュカも補足する形で言ってきた。

 アスムは再びソファーに座り興味深そうに聞き入る。


「組織ぐるみの犯行ですか……そちらで対処が難しいのなら冒険者ギルドに依頼する手もあると思いますが?」


「ええ勿論です。腕利きの第一級冒険者を数名ほど雇い、組織壊滅に高額な懸賞金をかけております。ですが連中も手練れの用心棒を雇っているのか、なかなかどうして……今も難航しております」


「以前は魔王軍の侵攻もあって他所からの出入りが少なかったのですが、ここ二カ月くらい奴らが大人しくなった頃合いで、奴隷商や人身売買を目的とした組織がノルネーミに出入りするようになりました。実際、現場を押さえようとした役人や冒険者達が次々と返り討ちにされる始末でして重傷者も何名が出ています」


「だから関所がより厳粛になったのですね?」


 アスムの問いに、ベルフォードとレシュカは揃って首肯する。

 彼らの話を聞く限り、以前からノルネーミ国は奴隷商人と人身売買組織の活動拠点パイプ役として目を付けられていたようだ。

 きっと軍隊を持たない商人達で統治された国だけに活動が容易だと思われたのか。

 現にベルフォード達の様子から、相当翻弄されている様子が伺えている。


「……幸い死者こそ出ていませんが、辺境の村に住む子供達が狙われいるようで既に何名かが行方不明となっています。きっと人身売買の組織に拉致され奴隷商に売られた可能性があると考えています」


「したがって評議会より入国と出国の監視を徹底させ、あえて税を上げて監視を徹底しているつもりですが……抑制になっているかも怪しい限りでして」


 二人の話からして相当手を焼いているようだ。

 もしアスムが勇者だと知っていれば間違いなく組織壊滅を依頼してくる案件ね。


「……なるほど。俺も冒険者のはしくれです。ギルドに立ち寄ったら依頼書に目を通しておきますよ」


「アスムさん、ありがとうございます。ですが貴方も小さい子を連れておりますので、どうか気をつけてください。それをお教えするため呼び止めた次第です」


 ベルフォードは説明しながらラティの方に視線を向ける、

 どうやらこの子の身を案じてた上の警告だったようね。


「心遣いありがとうございます。では、みんな行こう――」


 アスムと私達は一礼して屋敷を後にした。


「とりあえずギャラを払うぞ、ニャンキー。大変待たせたな」


 アスムは小分けにした金貨の袋をニャンキーに手渡した。


「うにゃ、ありがとうニャア。これで家族に仕送りができるニャア……けどアスム、かなり金貨が多いよ。90万G以上は入っているニャア」


「金貨30枚で300万G分を入れている。金があるうちに7カ月分のギャラを足しておいた。悪いがもうしばらく付き合ってもらいたい……俺にはお前の力が必要だ」


「わかったニャア。その代わり後々でいいから、一度ミーア族の村に寄ってほしいニャア」


「ああ、それくらいなら問題ない。山代に会いに行ってからでいいか?」


 アスムの問いに、ニャンキーは「了解したニャア!」と明るい声で答えている。

 これで借金がゼロになったというわけね。

 ニャンキーもパーティに居てくれるみたいだし、なんだかホッとしたわ。


「――よし、夜も更けてきた。これから泊れる馬小屋を探すぞ」


「っておい! 話ちげーじゃん!」


 私の素早いツッコミに、アスムは「え?」と不思議そうな表情を浮かべる。


「ユリ、話が違うとはなんだ?」


「だから馬小屋に泊まるって話よ! まだ残り300万Gあるでしょ! せっかくお金あるんだから宿屋で泊まろうよ! 別に豪華じゃなくていいからぁ! あとお腹空いた! お風呂に入りたい!」


「別に金をかける必要もないと思うけどな……それに宿だと周りに気を遣って思うような調理ができない。『モンスター飯』が食べられなくていいのか?」


「いつの間にか私の好物扱いになっているけど、そもそも論よ! それしか食べる物がないからって話じゃない! 今日くらい普通に生きましょ! ね!?」


 てかあんた! 別に周囲に気を遣わなくても平然と『モンスター飯』作っているじゃないの!? いったいどの口で言っているわけぇ!?


「アスムぅ、ユリではないが妾もお腹空いたぞぃ。何か食べさせてたもう!」


「ほら、ラティもこう言っているわ! 今夜は宿屋で決定よ!」


「……わかった。今日は調理器具の手入れに徹底しよう。あと消費した分の調味料も作ろうかな」


 アスムは渋々了承する。

けど結局は『モンスター飯』関連で妥協した感じだけどね。

 かくして私達は入浴可能で飲食つきの宿屋に泊まることになった。


 が、


「不味いな」


「不味いのじゃ」


「美味くないニャア」


「う~ん、微妙ね……パンも硬いしスープの具も少ないわ。何より味が薄いわね……」


 宿屋の食堂にて円卓を囲んで提供された料理に手をつけるも、全員が不平不満の言葉が出てしまった。


「ユリの言うとおり、パンは一日以上が経過し食材も劣化したものが使われている。あと味が薄いのは明らかに調味料をケチった結果だろう……作ったシェフも手を抜いているわけじゃなく、腕自体は悪くないと思うのだが」


「きっとこれも食糧難が影響しているニャア。アスムの調味料が高く売れるのも頷けるニャア」


「妾はアスムが作った料理が食べたいぞ! 何か作ってたもう!」


「ラティ、今日はこれで我慢しろ。出された料理に罪はない」


 アスムは言い聞かせ、ラティは渋々「わかったのじゃ」と了承する。

 こうして見ると本当に仲の良い兄妹みたいね。


「――そういえばアスム。随分とベルフォードさん達の話を真剣に聞き入っていたけど何か思うところがあったの?」


 私の何気ない問いに、アスムは「まぁな」と何故か渋い顔で頷く。


「女神であるユリには言いにくいことなのだが……おそらく俺と同じ『転生勇者』が絡んでいる可能性があると思ってな――」


「!?」


 思いがけない言葉に、私は絶句した。


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