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第五章

第81話 黒魔道士の少女

 マイン・ハーラック


 亜麻色髪のセミロングで、整った容貌に色素が薄めの白い艶肌。

 丸眼鏡を掛けており、レンズ越しから目尻が垂れた翡翠色の大きな瞳を覗かせている。

 ゆったりとした漆黒色の魔道服ローブを纏っているも、そこから判別できるほど胸が大きい。

 一見して温和でほわんとした美少女といった印象だ。

 確か18歳くらいだと聞く。


 アスムの話によると、マインの父親はフォルドナ王国で彼に『固有スキル交換儀式スキル・コンバージョン』を行った怪しい道具屋の店主であり、先祖代々から   受け継がれる禁忌とされた黒魔術を主流とする家系だそうだ。


 そのおかげで彼女はトップの成績で魔法学園に入学できたにもかかわらず、異端扱いされて魔法学園から追放処分を受けてしまった。

 さらに噂が広がったことで冒険者登録もできず、モグリの魔法術士ソーサラーとして人族から距離を置おいて、このドワーフの集落で身を寄せているようだ。


 そして今から四年前、聖剣を改造するため訪れたアスム達と出会ったのだと言う。


 けど当時のマインは乖離的なで性格彼らと距離を置いていたらしい。

 しかしアスムの偏見のない人柄と、彼が提供した『モンスター飯』に感銘を受けて仲間になったそうだ。


「マインは大のゲテモノ料理好きであり、当時は俺が作る『モンスター飯』も同じような目線で見ていた……何度も違うと否定しているが、未だ理解してくれない。しかし一方で、俺の料理人になる夢を賛同してくれた数少ない理解者でもある」


 と、アスムは複雑な表情を浮かべながら当時のことを語っていた。

 確かに魔物を食べる文化のない人族からそれば、ゲテモノ料理と思われても仕方ないけどね。


 そして、ようやく再会を果たしたマイン。

 丸眼鏡のレンズ越しで彼女の翡翠色の瞳が、じっとアスムを捉え見据えていた。


「お久しぶりです……アスムさん。貴方がニャンキーさんと共にここに来られたということは、ついに『魔王討伐』を完遂されたということですね?」


「……まぁ、一応はな」


 濁すように曖昧な返答をする、アスム。

 実際は討伐をせず無力化しただけだからね。肝心の魔王は、私の隣で『マンドレイクのトルネード風ポテト』を美味しそうに食べているわ。


「ここ最近、青空が見えるようになって、大地から漂う魔力の流れも正常に戻りつつあります。きっとそうだと思いました」


 マインのおっとりとした口調で問いに、アスムは腕を組み「う~ん」と首を捻る。


「……俺なりに出来る限りの成果を残したつもりだ。正直、結果は少し違ってしまったが……そのことで、マインに相談したいことがある。あともう一度、俺達と一緒に来てほしい」


俺達・ ・ですか?」


 アスムの言葉を反復し、マインはチラッと私達の方を一瞥する。

 穏やかそうな子だけど、何か隅々まで見られている感じがするわ。


「――あらあら不思議です。アスムさん以外の人族は誰一人として居ませんね。特に水色髪の貴女と帽子を被った可愛らしい幼女はどなたですか?」


 どうやら私とラティに違和感を抱いているようだ。

 ちなみに「あらあら」は彼女の口癖らしい。

 だけど一目で私とラティの存在を見破るとは……アスムに禁忌魔法である〈魔道刺青マジックタトゥー〉を施した実力は伊達じゃないわ。


「俺の仲間であるユリとラティだ。あとエルフの方は、エルミアという俺の弟子だ」


 アスムに紹介され、私達は軽く頭を下げて見せた。

 すると、マインもぺこりと会釈する。


「マインです。それでアスムさん、わたしにどのような相談を?」


「ここでは安易に話せない。キミが身を寄せている、ドワーフ族長の家で話さないか?」


「わかりました。ご案内いたします」


 マインの案内で、彼女が居候しているドワーフ族長の自宅に向かうことになった。


「おっ、お前さんは勇者アスムじゃないか……相変わらずイカレているのか?」


 族長宅に来た早々、玄関先で寸胴の体格をしたお年寄りにディスられてしまう。

 真っ白な髭を蓄えた老人だが、背が低くがっしりとした身体つきをしている。

 彼がこの集落を統率し鉱山の発掘を管理するドワーフ族長ギムルだとか。


 ストレートに言われたアスムはムッとした表情を浮かべる。


「ドワーフとはどうしてこうも口が悪いんだ? 俺はイカれてなどいない。それにあんたらドワーフ達も俺が作った『モンスター飯』を美味い美味いと喜んで食べていただろ?」


「……食いもんの話ではない。聖剣ファリサスとゼフォスを出刃包丁なんぞに作り替えるよう、やたらと早口で延々と懇願するわ、あと上質なミスリルの鎧と盾もフライパンと鍋に改造させていたよな?」


「フライパンと鍋か……あれは大失敗だった。上質な素材ばかりを重視するあまり、よく考えてみれば『防御力が高い=火が通らない』という、当たり前の発想が抜けていた」


 それで確か、二億Gかけて元の鎧と盾に戻して売っているのよね。

 イカレていると言われても否定できない話だわ。


 基本ドワーフは細かいことを気にしない大らかな種族だが、武具や道具に関しては至極シビアだとか。

 そのギムルの眼光は、アスムの両腰に携えた武器に向けられた。


「……まぁしかし、出刃包丁の方は大事に使っているようだな? 変わらず奇妙なモノが取り憑いているようだが」


 どうやら『愛刀G・K』に宿るケニーさんの存在を言っているようだ。


 それからギムルに「中に入れ」とぶっきらぼうな口調で招かれ、中へとお邪魔する。

 彼の奥さんに挨拶をして、私達はマインの部屋がある二階へと上がった。


 二階全体が彼女の部屋らしく中々広い間取りだ。

 けど女子の部屋にしては妙に薄暗く、床や壁に怪しげな魔法陣が描かれていたり、何かの干物みたいな不気味な物体が天井から吊るされている。

 さらに謎の髑髏やホルマリン漬けの瓶がオブジェのように幾つも棚に置かれていた。


 やべぇ、何ここ? 超怪しいんだけど……なんの儀式?

 明らかに年頃の女子らしさが皆無の部屋だ。


「黒魔術ですな。先生から聞いておりましたが……この負の魔力瘴気は中々どうして。このままいるとワタシまで汚染され、ダークエルフになってしまいそうです」


 エルフであるエルミアは嫌悪感を示し、首に巻いていた布で口と鼻を覆っている。


「俺がフォルドナ王国で『固有スキル交換儀式スキル・コンバージョン』を行った場所も同じような感じだったぞ」


「それってマインさんのお父さんの所でしょ?」


 普段は道具屋に偽装した店であり、そこでアスムは超レアだった固有スキル《|極限光輝の爆撃滅殺《マキシマム・バーストエンド》》と、ただの調理人スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を交換するという狂人ぶりを発揮したのよね。


「はい、父と族長のギムルさんは昔からのお友達で……わたしもその伝手で、ここでお世話になっています。皆さん、どうかくつろいでくださいね」


 マインに笑顔で促されるも、何処に座って良いのやら躊躇してしまう。

 てか不気味すぎて長居したくないんですけど……。


「いやマイン、早速ですまないが、まずは俺の話を聞いてほしい――」


 アスムは彼女にこれまでの事を包み隠さず説明した。


 私とラティの正体についてもだ。


 既に知っていたニャンキーは「そういえばそうだったニャア!」と知能デバフぶりを発揮していたが、エルミアは初耳だった。


「……な、なんと! ユリ殿が女神ユリファで……ラティは、あの魔王ラティアスだというのですか!?」


「そうだ、エル。しかし俺が邪神パラノアを斃した時点で、この子はもう魔王ではない。ただ未だ『魔王の権利』とやらが体内に宿っているようで、そのせいで半魔族の姿のまま名残が見られている」


「なるほど……確かに話し方や戦闘力といい、以前から幼女とは思えぬ風格を感じておりました。しかし先生も単身で邪神を討ち取るとは……驚きの連続でなんと言って良いのやら」


 さらに、その邪神を解体して『竜田揚げ』にして食べたと聞いたら腰を抜かすでしょうね。


 吃驚するエルミアだが、これまで共に行動していただけに「……ワタシとて、ラティに脅威がないことは理解しております」と状況を飲み込みつつある。


 彼女がアスムの弟子である以上、口外することは決してないでしょうね。

 義理堅く口の堅い子でもあるし、アスムもそれを見極め全て話したと思う。


 問題はマインだが……。


「――興味深いです! 女神様と元魔王が、勇者と共に旅を続けているなんてぇ! 何んという星の巡り合わせ! 運命の悪戯なのでしょう!」


 う、うん……なんか知らないけどウケているわ。


 何故か丸眼鏡のレンズがキュピーンと光らせている。

 これって、どう捉えたらいいのかしら?


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