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第83話 人面樹のフルーツタルト

 族長宅に一晩厄介になり準備を整えた後、私達は出発した。


 鉱山付近に、しれっと連なる山の一角を目指して。

 そこが『山代 洵』こと勇者ジュンの固有スキル〈神の山脈マウンテンズ・オブ・ゴッド〉で生成された山だからだ。


 けど、いざ行ってみると、ぱっと見は他の山と変わらない。

 ごく普通の雪山のように感じる。

 しかし麓に入った直後、すぐ異変に気づいた。


「雪が積もっていない!? それに暖かいわ!」


 まるで春のような、ぽかぽか陽気だ。

 おかげで、せっかくの冬装備を脱ぐ羽目となる。


「この領域テリトリーでは、全て山代の都合の良い環境となっている。雪山風に見えたのは識別されないためのカモフラージュだ」


「アスム、じゃあ勇者ジュンは天候すらも操るってこと?」


「この山に限ってな……ここは山代の城であり奴は王様、いや神と言えるかもしれん」


 それが勇者ジュンの能力ってわけか……アスムの〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉で見極めなければ、見つけることすら不可能だったわ。


『――イヒヒヒヒ! 侵入者共、帰れェェェ!!!』


 突如、不気味に高笑いする声が響いた。

 しかも私達を侵入者と見なしている。


「な、何ッ!?」


 私は聖杖を構え、咄嗟に周囲を警戒する。

 仲間以外は誰もいない。

 周囲は木々が茂った樹海となっていた。


『ケケケケッ、それ以上進まない方が身のためだぞ! アホ共がぁ!』


『ププププ、お前ら死ぬぜ! とっとと消えろ、この脳カラのド低能!』


『悪いことは言わねぇ、家に帰って糞して寝ろ! ヒャハハハ!』


 あらゆる方向から罵詈雑言が聞こえてくる。

 にしても口悪ぅ!


「心配するな。ただの防犯用の警告だ。それに正体もわかっている――」


 アスムは腰から一刀の出刃包丁を抜き、軽快に跳躍した。

 木々を飛び移り、枝から何かを斬って地面に落としていく。

 随分と大きくてカラフルな果実のようだが?


 ごろんと転がるそれら・ ・ ・を見て、私はギョッとする。


「ひぃ、人の顔!? 何これぇ、キモォッ!」


 そう。その果実は人間の顔に酷似していた。

 しかも全部、中高年のオッさんみたいな顔だ。

 何故かどれも陽気そうにヘラヘラと笑っている。

 落とされた果実の中には、ぐちゃっと潰れてなんかグロいのもあった。


「――人面樹の実。それが俺達に警告していた声の正体だ」


 アスムは着地すると、弟子のエルミアに「潰れたモノ以外は拾っておいてくれ」と果実の回収を指示している。


「人面樹の実? 魔物だって言うの?」


「そうだ。旅人に恐怖を与え迷わせたりするが物理的な害はない。通常の人面樹は不気味に笑うだけだか、この山では品種改良が施され警告用として悪口を言いながら追い払うよう仕組まれている」


 タチ悪……勇者ジュン性格が滲み出ているみたい。

 ちなみに果実は、このまま食べたら甘酸っぱいらしい。なまじオッさん顔だから食べる気しないけど。


 アスムは警告を無視し、彼を先頭に私達は山へと昇って行く。

 でも問題はそこからだった。


 何故なら、


「――おっ!? マンドレイクの全種がコンプされ埋まっているぞ! うほっ、あそこで歩いているのは、お化け茸のピルツメンチか!? ん、この臭いはウツボカズラもどきのネペンテスもあるんじゃないのかぁぁぁ!? クソォ、山代めぇ! 相変わらず食材の宝庫だなぁ、オイィィィ!」


 進む度に大はしゃぎする勇者アスム。

 挙句には目にする植物系の魔物を採取すると言い出した。


「ちょっと、アスム! 以前の魔王城で『魔物の生態系が崩れるから乱獲は駄目だ』とか言ってなかった!?」


「ああユリ、勿論だ。しかし、あくまで自然に生息する魔物の話だ。ここは山代が固有スキルで作った領域テリトリー、いくら収穫しようと生態系が崩れることはない。寧ろムカつくから崩してやりたい気分だ」


 以前から思っているけど、あんたはどんだけ勇者ジュンを嫌ってんのよ!

 どうでもいいけど一向に先へ勧めないんですけど!


 だけど、この山……植物系の魔物以外は棲んでないようだ。

 基本、自分から近づかなければ害はないって感じ。


 しかも魔物だけじゃない。

 鳥や兎、鹿など普通の動物も生息しており、おまけに川には魚までいる。

 自給自足するには十分な環境。

 ある意味で理想郷と言える、スローライフに打って付けの山だ。


「アスムゥ、妾は腹が減ったぞぅ。何か食べさせてたもぅ」


 定番と化したラティが空腹を訴えておねだりしている。


「ん? まだ食事の時間じゃないが、何か作ってやろう。みんな、ここで小休止するぞ。マインも色々と手伝ってくれ――」


 アスムはそう言い、〈アイテムボックス〉から収穫した食材と調味料を取り出し料理を始めた。



【人面樹のフルーツタルト】

《材料》

・人面樹の実

・スライム(予め捕獲)

・バジリスクの卵(卵黄など)


《調味料》

・謎の乳(雑菌処理済み)

・薄力粉(購入)

・砂糖(自家製)

・バター(自家製)

・きな粉(アーモンドプードル代用)


《調理器具》

・ガーゴイルの釜戸(〈錬成〉魔法)

魔法術士ソーサラーマインの〈熱伝導ヒート〉魔法


《手順》

1.最初にタルトクッキーの生地を作りましょう。

バター、砂糖、薄力粉、きな粉をよく混ぜて適度のバターを投入し、さらによく混ぜます。

練るほどまで出来たら、厚さ3ミリに伸ばしフライパンの方に張り付け冷やします。

2.カスタードクリームを作りましょう。

 謎の乳とバターを鍋で沸騰させず温め、砂糖、卵黄、薄力粉を入れてよく混ぜます。

3.アーモンドクリームを作りましょう。

 代用としたきな粉、バター、砂糖、卵を混ぜ、カスタードクリームを少量いれて、さらに混ぜていきます。

4.タルトクッキー生地にアーモンドクリームを入れて、ガーゴイルの釜戸で170度の熱で35分ほど焼きます。

5.仕上げ用のシロップ作りとして、予めスライスしたスライムと砂糖を混ぜて溶かします。

6.釜戸から取り出したタルトクッキーの粗熱を取り凍氷魔法でさっと冷やします。

それからシロップを塗り、カスタードクリームを上に絞ってから、人面樹の実をお好みで乗せれば完成です!



「――完成だ! やはり有能な魔法士ソーサラーのマインがいると、色々と調理が捗る! だから仲間になるよう必死で懇願したんだ!」


「ま、まさか、『モンスター飯』のために、マインを仲間にしたっていうのぅぅぅ!?」


 妙なテンションでぶっちゃけるアスムの爆弾発言に、私は度肝を抜かれ驚愕する。

 多分だけど料理完成後の狂人スイッチから口を滑らせたのだと思う。


「あらあら~、アスムさんってば相変わらず狂気じみてますねぇ、フフフ」


 一方のマインは口元に手を添えながら平和そうに微笑んでいた。

 てか呑気に笑っている場合じゃないわよ! あんた、凄く杜撰で軽いノリで仲間に入らされているんだからね!

 アスムも超ヤベェ奴だけど、マインも中々の天然ぶりだと察した。


 あと工程で一つ気になることがあるわ。


「アスム、《調味料》で出した『謎の乳』って何?」


「……乳は乳だ」


「だから何の乳かって聞いているのよ」


「……う~ん、強いて言うなら山羊かな?」


「山羊か……別に普通じゃない。どうして謎なの? まさか、また変な魔物?」


「さぁ……魔物なのかな? 動物なのかな? とにかく謎だが怪しい乳ではない。俺は自家製のバターやチーズとしても活用している。ミネラルとアミノ酸が豊富だぞ」


 濁すような言い方だが、「体に良いのは保証ずるぞ!」と断言する。

 さらにアスムは「さぁ! いただきますしよう!」と強引に振ってくる始末だ。

 以前の『謎の酒』と違い、誤魔化している感が半端ない。


 まぁ今更言及しても仕方ないし、いずれわかるだろうと私も合掌して召し上がることにする。


 刹那


「――ん!? 甘くて美味しい! 私これ好きぃ!」


「うむ、真に美味じゃ! 香ばしくサクっとしたタルト生地の食感に、カスタードとアーモンドの両クリームが舌の上で程よく溶けて調和されておる! しかも果実の甘酸っぱさが、よりクリームの濃厚さを引き出しておるではないかえ!」


 ラティてば相変わらずナイスな食レポね……けど、私の貧相な感想後に被せるのはやめてよね。


 例の人面樹の果実も魔力抜きと調理加工がなされ、赤みのある苺のようなフルーツっぽさで違和感がない。


「アーモンドプードルの代わりに『きな粉』をタルト生地に含ませることで、サクサクとした食感に仕上げている。特にきな粉は食物繊維が豊富で腸内環境にも良いそうだ」


 流石、アスムね。

見栄えもそうだけど、食べる側の栄養や健康面にも気を遣う細かい配慮だわ。


 改めて『モンスター飯』の真髄を見た気がした。


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