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第84話 神の山脈 

 小休止する中、アスムが作ったモンスター飯『人面樹のフルーツタルト』に舌鼓を打つ私達。

 女子率が多いパーティだからか、デザート系はウケが良く必然的に盛り上がっている。


「先生、本当に美味しいですね! リズにも食べさせてあげたかった……」


 エルミアはつい最近別れた妹のような少女のことを思い浮かべている。リズも今頃、両親と仲良く暮らしているでしょうね。


「こういうデザートは子供達も大好きだニャア。ミーア族の村に戻ったら作ってくれニャア!」


 ニャアニャアばっか言っているけど、地元では妻と五人の子供がいるニャンキーだ。

 けど一人だけ反応が異なっていた。


 ――マインである。

 彼女は無表情でタルトをフォークで突っき、つまらなそうにちびちびと食べていた。


「どうした、マイン? 口に合わなかったか?」


 アスムが気に掛けている。


「……いいえ、アスムさん。そんなことないです。凄く美味しいですよ、ただ……」


「ただ何だ?」


「このフルーツタルトには、『人面樹の良さ』が出ていないと思いまして……あらあらですみません」


「……あらあらの意味はわからんが、なるほど。マインならそう言うと思ったぞ」


 すると、アスムは〈アイテムボックス〉から竹串に刺さった何か取り出した。

 一見すると、紅色に染められて鮮やかな光沢を発する『りんご飴』のようだ。


 けど違った。


「ジャーン! りんご飴風、人面樹の果実飴だ! フルーツタルトを作っている間、密かにこしらえていたいたのだよ!」


 そう、本来のりんご部分がテカったオッさんのニヤけ顔だった。

 あまりにもシュールで不気味な飴に、私だけじゃなくエルミアとニャンキーでさえ、「うわぁ……」と声を漏らしドン引きしている。


 対して、


「あらあらぁ! これですぅ! お頭があっての人面樹ではありませんかぁぁぁ!!!」


 マインはやたらとハイテンションと化した。

 そういえば大のゲテモノ好きだったわね……きっと私達と違って原形を好むタイプなんだわ。


「アスムゥ! 妾にも食べさせてたもう!」


 ラティは瞳を輝かせおねだりしている。

 あんたはあんたは食えれば何でもいいんかい。


「勿論だ! 全員の分もあるから遠慮なく食べてくれ!」


 アスムは目を血走らせ、「ほら! ほら! ほらぁぁぁ!」と全員に『人面樹の果実飴』を配って回る。


 これって私達も食べなきゃ駄目な感じだ。

 いえ、きっと美味しいんでしょうね……けど見た目がねぇ。

 テッカテカのオッさんが満面な笑みを浮かべて、もろ私を見ているわ。


『――どや、ネェちゃん。はよ食うてや~』


 そんな声が聞こえてきそうだ。


 エルミアは「こ、これも修行の一環だと思えば……」と自分に言い聞かせ、ニャンキーは「……せめて顔の部分だけ切ってほしいニャア」と不満を口にしている。


 けど食べるしかない。


 何故ならアスムが満面の笑みで私達を見つめているからよ。

 まるで無自覚で監視されているように……彼の前で誤魔化しは効かないわ。


 仕方ない、目をつぶって食べるしかない!

 私達は揃えたように一斉に大口を開け、人面樹の果実飴を食した。


「……あ、甘い、旨い、美味しい」


 コーティングされた水飴に果実の甘酸っぱさが、よく絡まっていて馴染んでいるわ。

 お祭りの屋台で売っていても可笑しくないって感じ。


 それは私だけじゃなく、逃げ腰だったエルミアとニャンキーも「おっ、結構いけるんじゃね?」と好評の感想を漏らしている。


「ふむ、このシロップが良いアクセントを生んでいるのぅ! これはフルーツタルトと同様のモノじゃな?」


「そうだ、ラティ。スライムと砂糖を水で溶いて煮詰めて果実に絡ませてある。シンプルだが、果実の旨味が十分に引き出された逸品だ」


「はい、とても美味しいですよ、アスムさん! それに、ユリさん見て下さい! 人面のオジさん顔を噛むと、あらあら! まるで断末魔のような苦悶の表情へと変貌して見えませんか!?」


 ちょっと、マイン! どうして私にだけ見せてくるの!? 何か貴女に嫌われるようなことしたっけ!?


 いや、悪気はないみたい……邪念なく瞳をキラキラ輝かせているわ。

 きっと私が女神なのは知っているから、彼女なりに親愛が込められているようだ。


 例えるなら「捕獲した鼠の死骸を飼い主に見せてくる猫」感覚だろうか?

 満足げな笑顔で大はしゃぎする魔法士ソーサラー少女に、私は「ははは、そうね」と愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 その時だ。


 不意に茂みの方から気配を感じた。

 いち早く気づいた、アスムとエルミアが立ち上がり警戒する。


 すると草木を掻き分け、何者かが姿を現した。


 小さな子供のような身形であるが、純白の四角いブロックを幾つか積み重ねたような異形の容姿だ。

 真っ平で凹凸のない四角顔に、双眸らしき丸い窪みから赤い光が煌々と発している。


「……守護巨人兵ゴーレム。山代が送り出した使者か」


 アスムは呟き警戒を解いた。


『勇者アスムとパーティ一行を発見デス。マスターの命令でお迎えに来マシタ』


 加工された音声、機械ヴォイスと言うべきだろうか。

 異質な声で小型の守護巨人兵ゴーレムが言ってくる。


「わざわざ迎えに来なくても俺から行ってやる」


『マスターからの伝言デス――「明日夢君さぁ、寄り道してんじゃないよ。とっとと来ないと異物として排除するよ」以上デス』


 勇者ジュンも地味に待っていたみたいね。

 アスムが『モンスター飯』でいつまでも惚けているから、待ちかねて使者を送ってきたみたい。


「……チッ。ならば自分で来ればいいものを……わかった、従おう」


 愚痴を零すアスムを先頭に、小型守護巨人兵ゴーレムの案内で進むことになった。


 にしても大きな山だ。

 あれから結構登っているのに頂上が見えない。

 本当に一人の勇者が固有スキルで作り上げた場所なのだろうか?


「――しかしこの山は凄いですね。まるで理想郷です」


 エルミアが周囲を見渡しながら呟く。


「理想郷?」


「はい、ユリ殿。様々な精霊達が至る所に宿っており、中には見たことのない種族もいるようです……精霊が多く宿るということは、それだけ環境が良いということ。エルフとして非常に興味が湧いる次第です」


 そう暗殺者アサシンとしてではなく、精霊術士エレメンタリーとしての見解を述べた。


「以前ここに訪れた時、山代は精霊達を『貴重な客人達』だと言っていた……奴が驚異的な情報収取能力を持つのも、外部から訪れた精霊達によるものらしい」


「なんと……では先生、その勇者ジュンとやらは優秀な精霊術士エレメンタリーなのですか?」


「いや違う。あくまで奴の固有スキル〈神の山脈マウンテンズ・オブ・ゴッド〉を介してだ。山代はあらゆる精霊から情報を得る代わりに、彼らの移住を許可している。この山は言わば精霊達にとって快適な超高層タワーマンションと言えるだろう」


 まさか精霊まで利用していたなんて……どんだけ打算的な勇者なのよ。

 そりゃアスムやイオリの両勇者から嫌悪感を抱かれるのも頷ける。

 実行派の二人とは明らかに真逆の性格だ。



 山を登ること数時間後、巨大な岩が並んでいる場所に到達した。

 その数は目測でも百を超えており、全てが同じ大きさで規則正しく整列する形で置かれている。


「これら全て山代を護るために作られた守護巨人兵ゴーレムだ。まだその辺に似たような場所が点在しているだろう」


 説明するアスム曰く、「普段は奴の指示がない限り、ああして蹲っている状態だ」と言う。

 まるで軍隊規模の数……少し前にアスムが「ここでは山代が神だ」と言ったのも頷ける。


 だからこそ余計に不思議よ。


 これ程の力を誇示しながら、どうして彼は自ら戦わずアスムに『魔王討伐』を焚きつけたのかしら?

 十分に魔王軍と渡り合えるだろうし、それこそラノベで言う「俺、超余裕で無双!」展開ってやつじゃない?


 守護巨人兵ゴーレムの岩々を通り過ぎてから間もなく、ついに山頂付近まで到達した。

 今気づいたけど、高地だというのに全然息苦しくない。

 これも〈神の山脈マウンテンズ・オブ・ゴッド〉の効果だろうか。

 いつの間にか道案内役の小型守護巨人兵ゴーレムの姿が消えている。


「あそこの小屋に山代がいる……やれやれ、ようやく来たか」


 アスムは、ぽつんと建てられた一軒の山小屋を指差した。


 随分と古びている平屋という印象だ。

 なんて言うか……住まいは普通なのね。


「行くぞ」


 アスムは早足で小屋まで行き、「山代、来たぞ」とノックしながら無造作に扉を開けた。


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