小屋に入ると、奥の方で一人の青年がソファで寝そべりくつろいでいる。
長めの茶髪で、ぱっと見は涼しそうな優男。
すらりとした背丈に足が長く、俳優のように整った容貌のイケメンだ。
少し前の私なら「割といいかも……」とチョロかったけど、それ以上のイケメンであるアスムの狂気ぶりから学習しているつもりよ。
現に私達が来るのを待っていた癖に、ぐうたらな姿勢から違和感しかない。
おまけによ。
「……あ~あ、息するのも面倒くさっ」
完全に駄目な奴だ。
そう、この青年が勇者ジュンこと『山代 洵』。
ずっと探し求めていた勇者だ――。
山代 洵は前世である主軸世界(日本)では、医師の家系に生まれたエリートだった。
生まれた時から徹底的な英才教育にて、幼稚園から大学まで常に両親から一流を強いられていたらしい。
その期待に応え、洵は医師となり第一線で若きエースとして活躍していた。
しかし他の医師達の嫉妬から医療ミスをでっちあげられ、命を落とした患者の家族に恨みを買い刺されて死んでしまったとか。
「――女神ユリファ。僕はね、前世では凄く後悔しているんだ。いや殺されたことじゃないよ。それまでの人生に対してさ……あれだけ親の期待に応え、必死で医者になったってのにあんまりな末路だろ?
以前コンタクトを取った夢の中で、この男は堂々とぶっちゃけている。
そして音信不通となり、
主軸世界では二十代後半で命を落とし、転生後はアスムと同じくらいの姿となっている。
それにもジュンなりの理由があり、「あまり子供だと悪環境の
「……相変わらずだな、山代。お前の注文どおり邪神パラノアを斃したぞ」
アスムは呆れ口調で伝えている。
そう、邪神パラノアの存在をアスムに教えたのも、この勇者ジュンからだ。
ジュンは自分から当時のアスムとパーティ達を山に招き、魔王軍に対する情報雄を幾度となく提供したとされている。
以前アスムが言っていたとおり、自分で戦うのは面倒だったので、最も活躍し実績を残した彼に『魔王討伐』を完遂させるためだ。
「明日夢君……相変わらず唐突でルーズだな、キミって奴は。確かにパラノアは見事に打ち倒しているね。けど魔王は屠れず生かしている……そこの半魔の幼女ちゃんがそうだろ? あと女神ユリファ様もお久しぶりです。その節はどうも……」
ソファに寝そべりながら全てを言い当てる、勇者ジュン。
噂どおりの情報収集能力だ。
逆に彼なら『魔王の権利』やアスムの妹こと『心春』について何か知っているかもしれない。
「お久しぶりです、勇者ジュン。私も貴方の能力を見込んで、神界から
「おっ、マインちゃんもやっぱ来てくれたんだねぇ! やっほーっ、こっちに来てぇ!」
「聞けよ、テメェ!」
女神の私を無視して、ナンパし始める勇者ジュンについ素手ブチギレてしまった。
つーか、こいつ全然ソファから起きて来ないんだけど!
「山代、ふざけるなよ。俺とユリはお前なんぞにわざわざ報告するために来たわけじゃない。ラティに宿る『魔王の権利』は勿論、この子に害を及ぼすとされる『イシュタム派』について情報がないか聞きに訪れたのだ」
「――あとはキミの妹ちゃんのこともだろ?」
ジュンが言った瞬間、冷静だったアスムの表情が険しくなる。
やばっ、これってキレ気味の時に見せる反応だ。
「……そのとおりだ。頼む、情報があるなら教えてくれ」
アスムは声を押し殺して頭を下げる。
流石は元社畜サラリーマンだけあり大人の態度だ。
「そう畏まる必要はないよ、明日夢君。キミは
スローライフって言うより、怠けているようにしか見えないけどね。
「なら、とっとと教えろ。この怠惰野郎」
「……急に態度を豹変させるのやめてくれない? こう見ても僕は繊細で傷つきやすいんだ……いいよ、まず幼女ちゃんに宿る『魔王の権利』とやらだけど、女神ユリファでさえわからない事は流石の僕でも知る術はない。情報源である精霊達もそこまでの力はないからね」
「……そうか」
「けど明日夢君、イシュタム派の邪教徒なら知っている筈だよ。これは得た情報じゃない、僕の憶測だけどね」
「根拠は?」
「連中は邪神イシュタムを
「……なるほど、確かにだ」
「そして僕は奴らの根城を把握している。近辺の支部だけどね」
「本当か!?」
「ああ、ここから10日ほど歩いたグサンタム帝国の地下で密教集団として活動しているよ」
「グサンタム帝国? 魔王軍ですら退ける武力に優れた強固な国だな……あまりいい噂は聞かないが」
「武力で多くの民を圧政している国だからね。だから国民の大半は不満を抱き、その怨嗟から密教徒と化している。それも邪教徒の狙いさ」
ということは、民のほとんどがイシュタム派の味方ということになる。
風評の悪いグサンタム帝国といい厄介だわ……。
それにしても、やっぱ勇者ジュンは頭がキレるわね。
情報収集能力も抜群に長けている……アスムが嫌悪しながらも頼るわけよ。
「最後、明日夢の妹ちゃんだけど――」
「心春について情報があるのか!?」
妹大好きお兄ちゃんのアスムは感情を剝き出しに前のめりとなる。
勇者ジュンは寝そべりながら、「まぁね」と頷いた。
「情報もあるけど憶測もある。調べたところ、少なくともグサンタム帝国にはいないよ」
「何故そう言える?」
「次期魔王候補なら巫女として大切に祀られている筈だろ? けどそういった存在はいないようだ。おそらく本部とされる場所で幽閉されているか、あるいは何かしらの要因で手放され別の人生を送っている可能性がある」
「全てはグサンタム帝国に行けば明らかになるか……」
「そういうことだ、明日夢君。僕も引き続き調べておくから安心したまえ。何かわかったら、その都度キミに教えてあげるよ。キミは僕にとって唯一の
「友達ね……だが、その度にこの山に来るのは億劫だ。お前流で言えば『ぶっちゃけ超面倒くさい』。山代、せめて遠隔でも連絡を取り合うツールはないのか?」
「なら、この子を連れていくといい――」
ジュンはパチンと指を鳴らすと、扉を開けて誰かが入ってきた。
それは先程まで私達に道案内をしてくれた小型の
「最新型のDF-150号、僕は『ディフ』と呼んでいる。見た目は子供っぽいが、自我を持ち他の
『勇者アスム、よろしくデス』
「……うむ、よろしく頼む(口がないから飯は食えなさそうだな)」
こうして思わぬ形で奇妙な仲間が増えた。
そして、グサンタム帝国――私達の新たな目的地となる。
「あと、明日夢君。できれば、そのぅ……マインちゃんを置いていって欲しいだよね。キミだって僕が彼女に好意を持っているのは前々から知っているだろ?」
「それは俺が決めることじゃない。マイン自身が決めることだ……どうする?」
アスムに問われ、マインは「はい」と頷く。
「わたしも勇者ジュン様はとても凄い方なのは認めていますが……そのぅ、女子の心情として、あらあらの残念な勇者で正直に言って嫌です。わたしはアスムさんについて行きます」
きっぱりと真向から拒否した。
天然だけど、なんだか好感が持ててきたわ。
「……そんなぁ、酷い! 女神ユリファ様からも彼女にお願いしてください!」
「嫌です! てか貴方も他力本願じゃなく、自分で当たって砕け散りなさい!」
ずっと寝そべってばかりで女子を口説けると思うな!
どんなガバなラノベのラブコメだって、んなアホな展開絶対にないからね!
そんな不毛なやり取りをしている中、アスムは腕を組み「ふむ」と頷いている。
「――山代。お前、腹が減ってないか?」
ちょいアスムさん。
あーた、いきなり何聞いちゃっているの?