「……明日夢君、またキミって奴は何を唐突に。見てのとおり、僕は低燃費だから滅多にお腹は空かないよ」
勇者ジュンは寝そべりながら「はぁは~ん」と鼻で笑っている。
低燃費とはよく言ったものね。それって、ほぼソファから動かないって意味じゃない。自慢して言うことじゃないわ。
だいたいお風呂やトイレとかどうしているのかしら?
「そうか? 俺には腹が減っているように見えるぞ。いや減っているに違いない。間違いなく減っているだろう――山代、お前はもうお腹が減っている!」
「だから減ってないと言っているだろ? 勝手に決めつけるのはやめてくれないか?」
「よし! 情報くれた礼に、俺が何かご馳走してやろう!」
「さっきから一向に会話が嚙み合わないぞ――って、はぁ!? ま、まさか『モンスター飯』か!?」
ジュンは初めてソファから身を起こして驚愕する。
「当然だ。何か問題でもあるのか?」
「大ありだぞ! 僕が魔物を大嫌いなのは知っているだろ!? そんなモン、食べれるかぁぁぁ!!!」
転生者にしては珍しい反応だ。
勇者イオリなんて偏見なく喜んで食べていたのに……。
そんな男に付きまとわれているマインの話によると、「勇者ジュン様は転生したばかりの頃、〈
クラフト系のゲームで例えるなら、一生懸命に建てた完成間近の家を問答無用で破壊されたようなものだ。
ただでさえ怠惰的な性格だけに、うんざりするほど魔物に対し苦手意識を持ってしまったのね。
「アスムゥ、何を作るのかえ!? 妾にも食べさせてたもう!」
先程まで興味なさそうに黙っていたラティが、食い意地キャラの本領を発揮する。
「勿論だ、ラティ。それに山代、食材はお前の山で採れた新鮮な魔物だぞ!」
「何だって? まさか……植物系の連中か? あいつらは警備用に設置しているだけだ! 基本、近寄ったり触らなければ他の動物や精霊には無害だからだ!」
「――いつも肉系ばかりだからな。それでは芸がないと思っていた。ついに|アレを作れる日が来るとはな……待ってろ! 『モンスター飯』の料理人に誓って俺が絶品に料理してやるぅぅぅ!」
「明日夢君……キミって男は、人の話を聞く気がないにも程があるぞ」
怠惰の勇者ジュンでさえ、狂人スイッチの入ったアスムを制する術がないようだ。
【植物系魔物の山菜天ぷら】
《材料》
・マンドレイク赤色(サツマイモ風味)
・マンドレイク黒色(ナス風味)
・マンドレイク緑色(ピーマン風味)
・ピルツメンチ(お化け茸)
・ネペンテス(見た目ウツボカズラ)
《調味料》
・卵(バジリスク)
・冷水
・小麦粉
・片栗粉
・揚げ油
・塩(自家製)
・人面樹の実(完熟前:スダチ代用)
《たれ》
・醤油(自家製)
・酒(自家製)
・砂糖(自家製)
《調理器具》
・ガーゴイルの釜戸(〈錬成〉魔法)
・通常の大鍋
・
《手順》
1.魔力抜き後、魔力抜き後、各々の食材を食べやすいようにカットし不要な部分は切り落とします。
2.カットしたマンドレイクとピルツメンチは浅い切れ目を入れ、硬いネペンテスの葉と茎は短冊切にします。その後、水にさらしてから水気をしっかりと切っておきます。
3.小麦粉、卵、水を混ぜて衣を作りましょう。
4. 各食材に軽く片栗粉をまぶし、衣にくぐらせてから165~170度に熱した揚げ油に入れ、上に浮かんでくるまでカラリと揚げます。
5.揚がったら皿に盛り合わせ、完熟前の人面樹の実と塩を添えれば完成です!
「――完成ッ! これが植物系魔物の山菜天ぷらだ! 同じ要領で『かき揚げ』も作ってある! 沢山あるから、みんな遠慮なく食べてくれぇぇぇ!!!」
「……いやぁね、明日夢君。以前もそうだったがキミは何、人の土地で勝手に収穫しているんだい? 普通に泥棒だよ、これ。それに僕が許してないのに、小屋の中でいきなり料理を始めるとかって可笑しいだろ?」
「天ぷらのタレは醤油をベースに少量の酒と砂糖(3:1)を混ぜてある! あと塩をまぶすのもお勧めだぞ!」
「絶対話を聞いてないよね? キミのそーゆーところ、どうかと思うよ」
愚痴を漏らすジュンを無視し、アスムは私達に出来上がった『モンスター飯』を振る舞う。
みんなで合掌し、「いただきます!」と感謝の意を示してから頂く。
「うん、美味しいわ! サクッした衣に食材の旨味が閉じ込められている感じぃ!」
「確かにじゃ! 特にネペンテスはシャキシャキの食感がたまらんのぅ! 他の食材も丁寧に切れ目を入れたことで、香りと歯ざわりが楽しめて優しい風味が口いっぱいに溢れて誠に美味じゃ!」
もう、ラティってば! どうして私の薄っぺらいコメに倍以上のナイスな食レポを被せてくるの!?
仲間も結構増えたことだし、女神なのに周りから下に見られるからいい加減やめてよね!
「このかき揚げもいけますねぇ! 醬油たれにも合いますぞ!」
「ボクは断然、塩派だニャア! 素材の旨味がより引き立つから好きニャア!」
エルミアとニャンキーも各々の好みで食事を楽しんでいる。
一番無難な感じで羨ましいわ。
けど傍らでは、一人だけ異なる物を食べている女子がいた。
「ユリさん! これを見てください! アスムさんがわたしのために作ってくれた、あらあらな天ぷらですぅ!」
マインは皿に乗った天ぷらを何故か私に見せてきた。
それはマンドレイク各種のお頭で揚げられた、天ぷらとかき揚げだ。
まるで斬首刑で晒された罪人のように皿の上に並べられている。
特にかき揚げは、細かくスライスされたピルツメンチとネペンテスが融合し、明らかに別の生物と化している。
ゲテモノ好きのマインはそれらを完熟前の人面樹の実を握り潰して、果汁を振りかけていた。
なんでも完熟前の果実はスダチのように酸味が強く、天ぷらと相性が良いのだとか。
けどニヤケたオッさん顔なので、グロ×グロの倍数となり見栄えからして……なんかもう嫌だ。
「くぅ~! 美味しいです! このビジュアルも最高ですぅ、アスムさ~ん!」
恍惚な表情で見悶える
確かに味は私達が食べている物と変わらないとはいえ、はっきり言って違和感しかない。
やっぱ料理は見た目も大事だと改めて認識したわ。
「ほらぁ、勇者ジュン様も食べてください! 凄く美味しいですよ!」
マインは皿に乗せた天ぷらを持って行き、ソファで寝そべるぐーたらなジュンに見せている。
そして彼女が屈んだ時、バルンと目の前で両乳が揺れた。
おっぱい大好きのジュンは「うほっ!」と反射的に前のめりになる。
「……う、うむ。マインちゃんに勧められたのなら仕方ない……僕も男だ。ここは潔く食べようじゃないか。マインちゃん、お口を『あ~ん』するから食べさせてくれない?」
「あらあら、それだけは
マインは優しい微笑を浮かべながら全力で拒否した。
勇者ジュンは「チッ」と舌打ちすると、隅っこで佇んでいた小型のゴーレムを手招きして呼びつけた。
「ディフ、食べさせてくれ」
『わかりマシタ。マイマスター』
DF-150号ことディフは忠実に動き、器用に天ぷらを箸で挟みジュンに食べさせている。
「ち、ちょっと! 自分で食べなさいよ!」
流石の私も見兼ねて声を荒げ指摘した。
「……女神ユリファ様、お言葉だがこの山は全てが僕の城だ。生前の日本では『働いたら負け』という言葉が流行っていたように、僕の場合『動いたら負け』なんだ。明日夢君が『モンスター飯』に興じるように、これが僕流のスローライフさ。だから女神様とて意見は聞かないよ」
ぐぅ、アスムのことを持ち上げられるとぐうの音しか出ないわ。
この怠けモノ勇者は弁だけはやたら立つのよね……。
「どうだ、山代! 美味いか!?」
アスムはアスムで空気を読まず、ひたすら瞳を輝かせながら訊いている。
「……まぁまぁだね。けど、この程度で僕の魔物嫌いは変わらないよ。本当なら、この
「そうか美味いか! 良かった! 次は肉や魚を食わせてやるからな!」
「聞けよ。どうしてキミは『モンスター飯』になると、そうも一方通行なんだ? もう少し周囲に配慮したまえ」
傍から見れば、どっちもイカレ狂人の勇者だけどね。
こうして美味しい晩餐は終わりを告げた。