「ではいただきます!」
アスムの号令で全員が合掌し召し上がる。
コロッケとメンチカツ。
私はコロッケから先に食べることにした。
お上品に箸で割って食べるのもいいけど、そのままガブっと食いつくのも有りよね。
まずは何もかけず、いっちゃってみる。
「――んまっ! やっぱコロッケは出来たてが一番美味しいわ!」
「うむ! 味付けがしっかりしているのぅ! サクサクとした衣の歯ごたえに中はふっくら柔らかく濃厚で芳醇な味わいじゃ! ライラプス肉も実に良い旨味のアクセントとなっており格別に美味じゃぞ!」
もうラティったら、流石のナイス食レポね。
私のコメントなんて薄っぺらすぎて虚しくなるわ。
「本当に美味い! 白飯に凄く合いますね、先生!」
「ああエル、コロッケは栄養も豊富だからな。ボリュームの割には安価だし、俺の生まれ故郷の鉄板料理と言っても大袈裟じゃないだろう。実は十八番の料理だ」
つまり彼にとって得意料理ってわけね。
「あらあらぁ、この揚げられたマンドレイクのお頭も恨めしそうに泣き叫んだような表情で興味深く見惚れてしまいますぅ! 食べるのが勿体ないです! そう思いません、ニャンキーさん?」
「それは奇食好きのマインだけ配慮された添え物ニャア……ミーア族でもそういった部分は省くニャア」
「お前は相変わらずグロ好きだな……パーティを組んでいた時から変わってねーぜぇ」
マイン、ニャンキー、ダリオの三人が食べながらやり取りしている。
以前もこんな感じで旅を続けていたんだなぁっと容易に想像できるわ。
一方で【黄金の流星団】の面々はメンチカツの方を嗜んでいた。
こんがりと揚がりずっしりとした衣、箸で割るとミノタウロスのミンチ肉と玉葱が詰め込まれ、またコロッケと異る圧倒的なボリューム感を醸し出している。
コロッケがサクッとホクホクした歯ごたえなら、メンチカツはサクッとギューッって感じかしら。
見栄えが良いからか、みんな初めての『モンスター飯』にもかかわらず抵抗感なく食べている。
「これは美味しい。噛めば噛むほど肉汁が溢れジューシーで玉ねぎの甘さもよく引き出されている」
「ええ、メインであるミノタウロスの薄切り肉のちょっと粗い食感が肉肉しくて、旨さが溢れていますね」
団長のサシャーナと副団長のミハインが、ラティ並みの食レポを披露している。
「オデ、ミノタウロスの肉は食べたことある。正直、硬すぎて人族の顎では噛み切れない……けどこれ、まるで別モノ。美味い」
確か
「クソッ、めちゃくちゃうめぇな……いけ好かねぇイカレ勇者の癖に飯作りがうめぇとは反則じゃねーか! ほら、婆ちゃんもしっかり食え」
アスムと険悪だったケンドも料理の腕は認めている。
強面とは打って変わって、老婆のメランダが食べやすいようにメンチカツを切って手渡していた。
アスム曰く「食は雰囲気を和ませる」と言うけど、何となく理解できる。
「コロッケといい、このメンチカツも……本当に魔物肉とは思えない。どれも店で出せるレベルだ。きめ細かな下処理と味付けで、ここまで変わるとはな……いやぁ、おみそれしたぞ、勇者アスム。さっきは悪かった」
「いや、バーンズ料理長。厨房の清潔さを見る限り、あんたも相当な腕だと見ている。同じ料理人として、これからも互いに精進しよう」
打ち解け合うアスムとバーンズ。
どうでもいいけど、アスムは勇者でもあるんだからね。そこ忘れちゃ駄目よ。
その傍らで、フィリアは待ち望んでいたコロッケを「はむ」と頬張っている。
可憐な西洋人形みたいな見た目に反し、器用に箸を使いこなしていた。
アスムはそんな少女に優しい眼差しを向けている。
「どうだ、口に合うか?」
「凄く美味しい。こんな美味しいコロッケは生まれて初めて……けど不思議、なんだか懐かしく感じる味だね」
ぼそっとした口調だけど、しっかりとした感想だ。
「そうか。美味いならいい」
アスムはそれで満足したのか、黙々と自分で作った料理を食べ始めた。
懐かしい味か。
私も元地球生まれの日本人だからそう思えるかもしれない……。
そうして和気藹々と食事を終えると、サシャーナが別の話題を振ってきた。
「勇者アスム。ミハインから聞いたのだが、キミらもグサンタム帝国のダンジョン攻略を目指しているとか?」
「ああ、そのつもりだが」
「なら我ら【黄金の流星団】と共に探索しないか?」
「ん? うん、む……」
思わぬ提案に、アスムは歯切れの悪い反応を見せる。
無理もないわ。私達の本来の目的はグサンタム帝国の地下に潜む『イシュタム派』の邪教徒を探し問い詰めることだもの。
そもそもダンジョン攻略は方便だからね。
「何か不都合でも?」
「いや団長さん……想定してなかった誘いだったから、ついな。それに冒険者の大半は勇者の介入を拒んでいる。それは俺達が女神に寵愛された異質の存在だからだ」
「勇者にもよるよ。勇者の多くは女神に与えられた才能を活かさず、自分の好き放題に振舞い、ただいたずらに現場を荒らす無頼漢ばかりだ。はっきり言うと勇者など、魔王討伐のみに集中して欲しいと思っている」
超耳が痛い。
そんな無頼漢を転生させた張本人が、この私だけに……。
「ならどうして俺を誘う? しかも、こうして手厚くしてくれて」
「キミが勇者アスムだからだよ。キミは冒険者の間でも有名だからね。少し変わっているが、他の勇者と違い魔王討伐に成果を残し、多くの民達を救っている。ダリオからもキミの英雄譚は色々と聞いているよ」
「……そうか。俺を信頼してくれている上か。ならばサシャーナ団長、
「真の目的?」
サシャーナの問いに、アスムは「そうだ」と首肯する。
「俺達の目的は、グサンタム帝国の何処かに潜伏している『邪神イシュタム派の邪教徒』を見つけ出すことだ――」
「なんじゃとぉぉぉ!?」
大声で叫んだのはサシャーナじゃない。
それまで「うまいのぅ」と平和そうにメンチカツを食べていた賢者メランダだ。
突如、席から立ち上がると、ひょいと軽快に椅子から立ち上がった。
さっきまで、よぼよぼ震えていたのに背筋が真っすぐと力強く直立している。
「え? え? な、何? なんなのあれ? お婆さん、どうしちゃったの!?」
「ユリさん、あれが本当のメランダさんだよぉ。ついにスイッチが入っちまったみたいだな」
「スイッチ!? なんの!?」
「黙れぇ小娘ぇ! 尺の無駄じゃぁぁぁ!」
「は、はいぃぃぃ!」
思いっきりメランダに怒られ凄まれてしまう私。
もう、なんなのよぉ!? こう見ても私、そこそこ偉い女神なんですけど!
「メランダ……客人に対して無礼はやめて頂きたい。どうした、いきなり?」
「サシャ、お前もだ。おい勇者の若僧、貴様、今なんっつた?」
「勇者の若僧? ああ、俺のことか……イシュタム邪教徒を見つけると言ったんだ」
アスムは戸惑いながら正直に答えた。
メランダは、アスムに詰め寄る形で顔を近づけてくる。
「んで、見つけ出してどうする?」
「色々と聞きたいことがある。内容は言えん」
「その後は? 連中が抵抗したらどうする?」
「無論、戦うことになる」
「殲滅も想定してか?」
「そうなるだろう」
「相手は人族が多く、中には若い女もいるぞ」
「そもそも邪神崇拝者など、勇者としても相まみえない輩だ。例え相手が女だろうと外道なら容赦しない。俺にはその覚悟がある」
言い切るアスムの目をじっと凝視するメランダ。
束の間、不意に立ち上がると「ガハハハハハ!」と高笑いした。
「気に入ったぞ、若僧ッ! ならばワシらが手を貸そうではないか! なぁサシャよ!」
「メランダ、いきなり何を……手を貸すとはどういう意味だ?」
「決まっておるぅ! ワシら【黄金の流星団】は勇者アスムと共闘し、イシュタム邪教徒共と戦うぞいぃぃぃぃ!!!」
「え、えーっ……」
「見ておれ、憎っくきイシュタム邪教徒共ぉぉぉ! 貴様ら一匹残らず塵と化してやるからなぁぁぁ!!」
目覚めたようにヒートアップするメランダお婆さん。
その迫力を前にサシャーナ団長は何も言えず、すっかりドン引きしている。
さらに覚醒したメランダは鬼の形相と化した。
「――うおぉぉぉぉぉ、殲滅じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
な、何よ、これ? ついて行けないんですけど!
どんな急展開ッ!?