アスムはようやく厨房を借りて調理することが出来るようになった。
それは大変良いことだけど、しかしこの男……。
すっかりグサンタム帝国のことやイシュタム派について、頭から抜けていると見たわ。
今じゃ完全、『モンスター飯』の料理人モードに入っている。
「先生、ワタシもお手伝いいたしますぞ!」
「駄目だ、エル。この調理場は俺のみが許された聖域だ。それに狭いから一人の方が作業も捗る。どうしても手伝いたいのなら、まず風呂に入れ!」
不衛生なまま入ると、貸してくれた料理長のバーンズに怒れるからね。
拒まれたエルミアは「くぅ、ワタシとしたことが……まだまだ未熟ッ!」と自責の念に駆られている。
ぶっちゃけどうでもいい内容だと思ったけど、ここは導きの女神としてフォローを入れようと思う。
「じゃあ料理が出来るまで、私達もお風呂にお呼ばれしましょう?」
私の提案にエルとマインの乙女組が「はい」と頷く。
ニャンキーは水が苦手らしく、「ボクは毎日毛づくろいを欠かしてないニャア!」と豪語する。
あんたそれ、暇さえあればペロペロ舐めているだけじゃん。
本物の猫ならともかく、知的種族としてどーよ?
なので私から「お風呂に入りなさい! せめてシャワーだけでもよ!」と指示し、ニャンキーは渋々「わかったニャア……」と呟いた。
そんな中、
「ユリ、妾と一緒に入ってたもぅ!」
「……いいわよ」
すっかり元魔王のラティに懐かれてしまった女神の私。
実際、妹みたいで可愛いんだけど……この子を斃すために、これまで沢山の勇者を転生させていたから複雑な気持ちよ。
『では、このディフも共にお風呂に入らせていただきマス』
「いや、あんたは無理でしょ!? 壊れたりしないワケ!?」
だってもろメカメカしい小型ゴーレムじゃん!
内部とか精密そうだし、お湯とか厳禁じゃないのぅ!?
「あらあらディフちゃん、〈防水魔法〉で加工されているようだから大丈夫みたいですよぉ」
そうなのね……そういや勇者ジュンは最新型とか言ってたっけ。
てかマイン、何気に「ディフちゃん」と愛称で呼んでいるわ。
私達がお風呂に入っている間、アスムは黙々と料理をこなしている。
団長のサシャーナは「私は一度、持ち場に戻る」といい、腰巾着の
バーンズは厨房に入り両腕を組みながら、アスムの作業を真剣な眼差しで見入っている。
その隅で美少女剣士フィリアは三角座りでそれらの光景をじっと眺めている、とてもシュールな絵面と化していた。
ただしオネェのジロウだけは、アスムを見つめ「あは~ん、うふ~ん」と腰をくねらせながら身悶えている。
この人そろそろ誰か止めた方がいいんじゃないの?
【モンスター飯のコロッケ】
《材料》
・マンドレイク通常(ジャガイモ風味)
・玉ねぎ
・ライラプス(ひき肉状に加工)
《調味料》
・謎の乳(山羊?)
・醤油(自家製)
・砂糖(自家製)
・酒(自家製)
・卵(バジリスク)
・塩コショウ(自家製)
・小麦粉
・油(厨房から拝借)
《調理場》
・【黄金の流星団】の提供
《手順》
1.マンドレイクの皮を剥き、適当な大きさに切り水にさらします。
2.玉ねぎをみじん切りにして5分程冷水にさらします。あまり長くさらすと、風味が消えてしまうのでる注意が必要です。
3.じゃがいも茹でます。少し形が崩れるまでしっかりと長めに茹でましょう。
4.お湯を捨てて鍋の強火にかけて水分を飛ばします。
5.そのまま形が完全になくなるまで崩していきます。
6.ライラプスの肉を炒め、火が通ってきたら玉ねぎも加えて炒めます。
7. 砂糖・醤油を加えてさらに炒めましょう。
8.あら熱がとれたら、じゃがいも風味のマンドレイクに砂糖・醤油と謎の乳を加えててよく混ぜます。さらに塩コショウで味を整えていきます。
9.お好みの大きさに成型し、小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつけていきます。
10. 170℃~180℃の油で2~3分ほど、きつね色になるまで揚げれば完成です!
「まずは一品完成だ!」
大皿に乗せられたコロッケが幾つも山積みに置かれている。
香ばしくカラッと揚げられており、鮮やかなきつね色の衣といい実に壮観な眺めだ。
「アスム。《材料》のライラプスって、前に狩りまくった狼型の魔物よね? まだストックしていたんだぁ」
お風呂から上がった私が問う。
別名ハンターウルフと呼ばれ、嘗て魔王軍の猟犬として飼い慣らされた獰猛な魔物だ。
以前あまりにも出現率が高く、持て余すほどだったのでウォーター・リーパーを釣る餌に利用したっけ。
「まぁな、ようやく使い切る時が来たというわけだ」
「ア、アスムゥ! 早く妾に食べさせてたもぅ!」
ラティが催促する後ろで、フィリアが「うんうんうん!」とヘッドバンギング並みに首を大きく上下に振るっている。
なんだか気が合っているわ、この二人。
「もう少し待ってくれ。これから次の料理を作るからな。ダリオ君、サシャーナ団長と幹部の皆さんにも声を掛けてくれないか?」
「……お前、まさか団長達に『モンスター飯』を食わせる気かぁ? まぁ、オイラも何度か無理矢理食べさせられたことあるし……ったく、わかったよぉ」
などと憎まれ口を言いながら、ダリオは声を掛けに行く。
その間、アスムはテキパキと次の料理を作り始めた。
「今度は何を作るの?」
「――メンチカツだ。ただし材料はミノタウロスの肉だがな」
間を溜めたドヤ顔だけど、やっぱ『モンスター飯』なのね。
まぁ作り方は似ているし、油もそのまま使えるから無駄にはならないわ。
「それが噂の魔物料理か……けど俺が知っている『奇食』とはまるで違う。恐ろしく完成度が高い」
一方でバーンズは料理人としての素直な感想を述べている。
「調理自体は通常の料理と変わらない。厄介なのは魔物の種類によって異なる下処理方法だ。一つ工程をミスれば魔力属性の反作用で大変な目に遭ってしまう。まさに料理人として責任重大な作業と言える」
そうしてメンチカツが出来上がると、ほぼ同時にダリオとサシャーナがやって来た。
彼らの後ろには副団長のミハインと、幹部で
さらに
フード付きの
年季が入ったしわくちゃ顔の女性だ。
「あらあら! 貴女はもしや、大賢者メランダ・ヴァニシェール!?」
マインが珍しく声を荒げ老婆の名を呼んだ。
「知り合いなの?」
「いえ、ユリさん……初対面です。けど
え!? そ、そんなに凄いお婆さんなの!?
どうして、そんな英雄が冒険者パーティに在籍しているのよぉ!?
「メランダは客人として【黄金の流星団】に居てもらっています。優秀な参謀として時折お知恵を頂いているのです」
ミハインが丁寧な口調で説明してくれる。
「……サシャさん、飯はまだかのぅ?」
「メランダ、さっきあれだけ食べたでしょ? ケンド、何故メランダを連れてきた? 彼女の世話はお前の役目だろ?」
「団長、腹減ったと訴えて可哀想だからだぜ。あとテメェら、婆ちゃんは少しボケてんだ。あんま笑うなよ、コラァ!」
ケンドは強面で私達を鋭く睨んでくる。
誰も笑ってないわ……けど優秀な参謀って聞いたけど何処が?
もろボケているって言われてんじゃない。
「確かに普段はぼーっと空虚感出しているけど、繋がった時は超キレキレの恐ろしい方だ。今にわかるぜぇ……」
ダリオは身を震わせながら、「くれぐれも失礼のないようにな!」と念を押してくる。
こうして食堂のテーブルには大量のコロッケとメンチカツが並べられた。
幸せなことに白ご飯やサラダもあり、ソース、ケチャップ、レモン、塩など豊富に用意されている。
野営時と違って多彩で嬉しいわ。
「よし、それじゃみんなで食べよう……って、おい! ケンド、『いただきます』をするまで料理に手をつけるなよ! 貴重な命を頂くための神聖なる通過儀式であり食事マナーだぞ、非常識な奴めぇ!」
「チッ、うっせーな。いきなり頭突きをブチかます、テメェの方が余程イカレてんだろーが!」
アスムに注意を受け、ケンドは愚痴を零している。
私的にはどっちもどっちね。