その日、終幕管理局は朝から妙に騒々しかった。
班ごとに集まって打ち合わせをしていると、急に課長が入ってきた。
「田村くん、君に頼みたい仕事がある」
「え、オレっすか?」
思わずきょとんとするオレに、同僚たちの視線が集まる。
課長は彼らを軽く
「他のみんなは待機していてくれ」
「いったい何ですか? トラブルですか?」
灰塚さんがたずねると、課長は「後で説明する。とにかく待機だ」とだけ言って背を向けてしまう。
オレはその後を少しの緊張とともに追いかけた。
廊下を歩きながら課長が詳細を話してくれた。オレに任されたのは特定の虚構記憶の消去ではなく、虚構の住人の消去だった。
「名前を
「何でそんなことに?」
「どこからか侵入した『幕開け人』の影響らしいな」
「ふーん、そんなことあるんすね」
信じがたいことが現実に起こってしまった。「幕開け人」はオレたち「幕引き人」と敵対する存在だが、姿を現したのはこれが初めてだ。
「だから仕事の早い君に、さっさと消してもらいたいんだ」
「なるほど。了解です」
やるべきことは理解した。
その後、オレは課長の指示で記憶還元室へ入って、RASの中央席に座った。
一人で虚構世界へ入るのは初めてだが、別に不安はなかった。ただ一人の住人を消せばいいだけなのだ。あまりに簡単すぎる。
入った先にはマンションがあった。情報通りの部屋へ向かい、扉横のボタンを押す。
チャイムが鳴り、扉の向こうから「はいはーい」と男の声がした。そして気配が近づき、扉が開く。
「早かった、な……」
誰かが来る予定だったのだろう、目付きの鋭いイケメンがこちらを見て戸惑う。身長はオレと同じくらいで髪は短く、ほどよい細マッチョだ。
オレはにこりとわざとらしく微笑んだ。
「日南梓さんですよね?」
「え、ええ、そうですけど」
戸惑いながら日南は答え、オレは言う。
「よかった。さっそくだけど、この世界が虚構だってことは知ってますよね?」
「虚構……?」
分かってるくせに何をとぼけてやがるんだ。内心ではそう思いつつ、オレは笑顔を浮かべたまま返す。
「嫌だなぁ。自分がフィクションだってことですよぉ」
日南の表情が一変した。
「お、理解したっぽいな」
察知してオレも笑うのをやめる。
「まったく、面倒なルールだよなぁ。上の連中は温情だって言うけど、物語の中の登場人物だってことを自覚させてからでないと消せないんだぜ?」
「お、お前が『幕引き人』なのか?」
震える声で日南がたずね、オレは両目を細めた。
「そういうあんたはどっかの誰かさんにそそのかされて、『幕開け人』になっちゃったらしいじゃん? マジ面倒なんですけど」
「お前……まさか、オレを」
日南の顔から血の気が引き、オレはふと真顔になって低い声を出した。
「それ以外に何があるって?」
「っ……!」
日南が恐怖に怯えて部屋の中へと逃げ出す。
「
と、オレは余裕を持って追いかける。やっぱり虚構の住人を怖がらせるのは楽しいな。しかも一対一という最高の舞台だ。
しかし部屋は狭く、あっという間に奥の部屋まで来てしまった。
「と思ったけど、狭い部屋だなぁ。おい、作者に文句言ったらどうだ? もっと広い部屋にしてくれてたら、逃げ回れたのにって」
もっと追いかけっこを楽しみたかったのに残念だ。
日南はパソコンデスクにぶつかり、震えながらこちらを振り返る。
いいねぇ、その表情。普段はスピード重視でさくさく進めているから、じっくり見られるのは貴重だ。
「さて、もういいか? いいよな?」
右手を後ろへ回して大鎌を取り出す。狭い部屋で振るうにはちょっと
「死ね」
両手にかまえて振り上げると、日南の腰が抜けて床へ座り込んだ。とっさに振り下ろす方向を調整し、一発で綺麗に首を切った。