オフィスへ戻ると航太しかいなかった。何やらパソコンで作業をしている。
「よう、航太。何してんだ?」
と、声をかけながら彼の後ろへ立つ。
航太は視線を画面に向けたまま答えた。
「解析だ。そっちはもう終わったのか?」
「ああ、あとは待機してろって」
言いながら反対側にあるソファへ向かい、寝転んだ。
キーボードを叩く音やマウスのクリック音ばかりが聞こえ、オレはたずねた。
「っていうか、他のみんなは?」
「墓場の監視に行った」
墓場というのは物語の墓場のことで、主に研修に使用される場所だ。いくつもの虚構がまざって一つの世界を成している特殊な場所だった。
「土屋さんまで? オレたち、仕事できねぇじゃん」
何もやることがないのは退屈だ。すると航太は呆れ半分に言う。
「だから待機を命じられてるんだろう。僕だって大事な仕事を任されてるんだ」
「大事な仕事って?」
「お前の消してきた日南梓の作者を探してる」
「ああ」
納得はしたけど退屈に変わりはない。っていうか。
「痕跡、残ってるか? オレが見てきた感じ、けっこうゆらいでたけど」
「難しくてもやるしかない。汚名返上のチャンスだからな」
と、航太がため息まじりに言う。
すっかり立ち直ったものと思っていたが、実はまだ気にしていたらしい。オレは内心で驚きつつも、航太らしいなとも思う。
「……それもそうか」
オレは大人しくしていることにした。
航太の邪魔はしたくないし、これで汚名返上できるなら背中を押したい。もう気にしなくていいように、今度こそ前向きに仕事へ取り組めるように。
「何か、オレにできることあるか?」
ふとたずねてみると、航太の手が止まった。ゆっくりと振り返り、こちらを見てにこりと笑う。
「愛してるって言ってくれたら、頑張れそうだ」
「何だよ、それ」
むっとして言い返しつつ、オレは起き上がって航太のそばへ寄る。
恥ずかしいけど、顔が熱くて心臓がはち切れそうだけど、今は二人きりだから。
そっと彼を後ろから抱きしめて、耳元へささやいた。
「愛してる」
その瞬間、航太が小さく息を呑むのが分かった。
「……ああ、僕もだ」
満面の笑みを浮かべた航太は、頬が少しだけ赤くなっていた。急に照れくさくなってオレはすぐに離れたが、航太はかまわずに言った。
「ありがとう。これで頑張れるよ」
と、あらためてパソコンの画面へ向き合う。
オレも少しだけ口角を上げてから、静かにソファへ戻った。頑張れ、航太。