翌々日の午後、ついに航太は仕事をやり遂げた。日南梓の作者を見つけたのだ。
仕事のせいで貴重な土日がつぶれてしまったが、オレはオフィスで航太が戻るのを待っていた。
いつもと違って静かなため、廊下から聞こえる足音にすぐ気がついた。直後に扉が開いて航太が戻り、すかさずオレは声をかける。
「お疲れ、航太」
「ああ、ありがとう」
疲労のにじむ顔で笑みを浮かべ、航太は自分のデスクへ向かう。
「今日はもう帰っていいと言われた」
と、椅子へ腰を下ろす。
時刻を確認すれば、あと十分程で三時だった。今からデートできないこともないけど、航太が疲れてるからダメだろうな。
オレは寝転んでいたソファから上半身を起こし、座り直しながら聞く。
「明日からは?」
「分からないが、ひとまず待機だろうな」
「待機か。退屈だなぁ」
「『幕開け人』がいくつもの虚構を再生させていたそうだからな。これまで通りに仕事ができなくなったのも無理はない」
「けど、日南梓の作者を特定してどうするんだ?」
オレの素朴な疑問に、航太がちらりとこちらを振り返る。
「まずは『幕開け人』との関係をたずねるんだろう。今後接触しそうな場合には、先回りして保護なり監視なりすればいい」
「でも墓場だろ? 作者にも忘れ去られたやつばっかりじゃん、あそこ」
「そうだけど、だからこそ『幕開け人』が現れたとも言えるんだ。とにかく今は状況を整理して、できることをやっていくしかない」
そう言われても仕事がないのは不満だ。オレは虚構の住人を消すのが楽しくて、この仕事をしているのだからなおさらである。
少しの沈黙の後で航太が立ち上がった。
「帰るか」
「おう」
オレも立ち上がって床に置いた鞄を拾う。
「日南梓の件だが、ミステリー小説の世界だったな」
航太が鞄を肩にかけながら言い、オレは返す。
「ああ、わりと現実に沿ってたな」
「血、出ただろう?」
「うん、返り血浴びた」
「……見たかった」
何故か落ち込む航太を横目ににらみつつ、オレは扉へと向かう。
「航太が見たいのはオレがやられる姿だろ」
「ああ。返り討ちに
「助けてくれんのか」
「当然だろう? 苦しみにあえぐ楓を目に焼き付けて、おかずにするんだ」
「近くで見たいだけかよ」
こういうところは悪趣味だなと思うのだけれど、少し手荒にされるくらいがいいとも思い始めているため、強く言い返すこともできない。
呆れてさっさとオフィスを出ると、後をついてきながら航太が言った。
「言っておくが、僕は楓の笑顔も好きだぞ。特にお酒を飲んでふにゃふにゃになった時の笑顔、あれが一番よかった」
「ちょっと待て」
嫌な予感がしたオレは、立ち止まって彼を振り返る。
「変なことしてねぇだろうな?」
「ああ、我慢した」
即答する航太だが、すぐに困ったような笑みを見せた。
「次はどうなるか分からないから、もうお酒は飲まないでくれ」
酒を飲んだ時のことは、はっきり言って覚えていない。一口目が美味しかったのは覚えているのに、その後の記憶がないのだ。
いったいどんな
「だけど、あの笑顔を写真に撮っておけばよかったと後悔はしてる」
と、真面目な顔で航太が言うものだから、オレは足早に歩き出した。
「バーカ! 年中発情してんじゃねぇよ!」
「しょうがないだろう? 楓が可愛いのが悪い」
言い返しながらも航太はどこか楽しげだ。
疲れてるはずなのにオレをからかってくるのは、航太なりの癒やしなのかもしれない。