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第28話 航太なりの癒やし

 翌々日の午後、ついに航太は仕事をやり遂げた。日南梓の作者を見つけたのだ。

 仕事のせいで貴重な土日がつぶれてしまったが、オレはオフィスで航太が戻るのを待っていた。

 いつもと違って静かなため、廊下から聞こえる足音にすぐ気がついた。直後に扉が開いて航太が戻り、すかさずオレは声をかける。

「お疲れ、航太」

「ああ、ありがとう」

 疲労のにじむ顔で笑みを浮かべ、航太は自分のデスクへ向かう。

「今日はもう帰っていいと言われた」

 と、椅子へ腰を下ろす。

 時刻を確認すれば、あと十分程で三時だった。今からデートできないこともないけど、航太が疲れてるからダメだろうな。

 オレは寝転んでいたソファから上半身を起こし、座り直しながら聞く。

「明日からは?」

「分からないが、ひとまず待機だろうな」

「待機か。退屈だなぁ」

「『幕開け人』がいくつもの虚構を再生させていたそうだからな。これまで通りに仕事ができなくなったのも無理はない」

「けど、日南梓の作者を特定してどうするんだ?」

 オレの素朴な疑問に、航太がちらりとこちらを振り返る。

「まずは『幕開け人』との関係をたずねるんだろう。今後接触しそうな場合には、先回りして保護なり監視なりすればいい」

「でも墓場だろ? 作者にも忘れ去られたやつばっかりじゃん、あそこ」

「そうだけど、だからこそ『幕開け人』が現れたとも言えるんだ。とにかく今は状況を整理して、できることをやっていくしかない」

 そう言われても仕事がないのは不満だ。オレは虚構の住人を消すのが楽しくて、この仕事をしているのだからなおさらである。

 少しの沈黙の後で航太が立ち上がった。

「帰るか」

「おう」

 オレも立ち上がって床に置いた鞄を拾う。

「日南梓の件だが、ミステリー小説の世界だったな」

 航太が鞄を肩にかけながら言い、オレは返す。

「ああ、わりと現実に沿ってたな」

「血、出ただろう?」

「うん、返り血浴びた」

「……見たかった」

 何故か落ち込む航太を横目ににらみつつ、オレは扉へと向かう。

「航太が見たいのはオレがやられる姿だろ」

「ああ。返り討ちにって立ち上がれないくらい手ひどくされたところを、颯爽さっそうと助けに行きたい」

「助けてくれんのか」

「当然だろう? 苦しみにあえぐ楓を目に焼き付けて、おかずにするんだ」

「近くで見たいだけかよ」

 こういうところは悪趣味だなと思うのだけれど、少し手荒にされるくらいがいいとも思い始めているため、強く言い返すこともできない。

 呆れてさっさとオフィスを出ると、後をついてきながら航太が言った。

「言っておくが、僕は楓の笑顔も好きだぞ。特にお酒を飲んでふにゃふにゃになった時の笑顔、あれが一番よかった」

「ちょっと待て」

 嫌な予感がしたオレは、立ち止まって彼を振り返る。

「変なことしてねぇだろうな?」

「ああ、我慢した」

 即答する航太だが、すぐに困ったような笑みを見せた。

「次はどうなるか分からないから、もうお酒は飲まないでくれ」

 酒を飲んだ時のことは、はっきり言って覚えていない。一口目が美味しかったのは覚えているのに、その後の記憶がないのだ。

 いったいどんな醜態しゅうたいをさらしてしまったのか、考えただけで嫌になる。

「だけど、あの笑顔を写真に撮っておけばよかったと後悔はしてる」

 と、真面目な顔で航太が言うものだから、オレは足早に歩き出した。

「バーカ! 年中発情してんじゃねぇよ!」

「しょうがないだろう? 楓が可愛いのが悪い」

 言い返しながらも航太はどこか楽しげだ。

 疲れてるはずなのにオレをからかってくるのは、航太なりの癒やしなのかもしれない。

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