一緒に帰る時間だけが、航太と話せる時間になってしまった。しかも、今日の航太はどことなく様子が変だ。
「物語を考えることができる人って、すごいよな。いったいどんな脳の構造をしているんだろう」
考え込むような顔で航太が言い、隣を歩きながらオレは返す。
「大して差はねぇと思うけど」
「僕は、そうは思えないな。日南さんと話していると、世界が
航太は朝九時から夕方五時まで、勤務時間の全部を日南隆二と過ごしていた。話をするくらいしかやることがないようで、そういう意味では仕方のない部分もあるのだろう。
でも、オレは航太が日南隆二から何か、よくない影響を受けているような気がしてならなかった。
「目の付け所が違うというか、僕の思いもしなかった反応が返ってくるというか」
「住んでる世界が違うからだろ。環境や育ち方、興味を持つものが違えば、世界の見方なんてあっという間に変わる」
「うん、それもあると思う」
言いながら航太は前方を見据える。
「だけど、日南さんは原石みたいな人なんだ。磨けば磨くほど、隠されていた魅力がどんどん出てくる」
そういう言い方をされると、嫌でも嫉妬してしまう。もちろん、航太の言いたいことは分かるのだけれど。
「そんなに気、合うのかよ」
オレが不機嫌に返すと、航太がはっと小さく息を呑んだ。
「ああ、いや。おもしろい人なんだということを、楓に伝えたくて」
「オレにはおもしろくねぇけどな」
言い捨てて歩く速度を早くする。せっかく航太と一緒にいるのに、航太が別の人のことを考えているのが気に食わなかった。
するとすぐに追いついてきて、少し早口に言った。
「僕は結局、まだ二十四年しか生きてないんだ。三十五年も生きてる彼の方が、たくさんのものを知っていて、たくさんのことを経験してる。それは誰が見ても当然の事実なんだよ」
「意味分かんねぇ」
「分かった。はっきり言おう」
建物の玄関を出たところで航太が立ち止まる。オレは数歩遅れて止まり、振り返った。
真面目な顔をして航太はオレを見つめていた。
「僕もそうだが、楓の世界は狭いんだ。もっといろんな人とコミュニケーションをとって、もっといろんなことを知るべきだ」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。楓がもっと広い世界を知った時、僕より好きになれる相手と出逢うかもしれない。もしそうなってしまっても、僕は楓が幸せならそれでいい。いや、相手の幸せを遠くからでも願えることこそが、本当の愛かもしれないと思ったんだ」
本当の愛って何だよ。今の愛は本当じゃないって言うのか? これまで一緒に過ごしてきて、恋人としてキスやセックスもしたっていうのに、どうしてそんな寂しいこと言うんだよ。
脳は瞬時にたくさんの文句を思いつくが、心は思いを言葉にしない。代わりにオレは泣きそうな顔になって、航太へぎゅっと抱きついた。
「オレは今のままがいい。オレが一番好きなのは航太だから、それでいい」
世界が広いとか狭いとか、そんなことどうだっていい。オレは航太と一緒にいたい。
「……そうだな。ごめん」
航太がそっとオレの頭を撫でた。オレは航太がこれ以上、日南隆二に惑わされないように願った。