物語の墓場の監視がゆるめられたらしく、土屋さんが戻って来た。
「あら、千葉くんは?」
ソファに寝転んでゲームをしていたオレは、目だけを向けて返す。
「日南隆二の世話役やってます」
「世話役? 聞いてないんだけど」
機嫌が悪そうな調子で言いながら、土屋さんはデスクへと向かう。
オレはゲーム画面に目を戻しつつ説明した。
「オレが消去した日南梓の持ち主が日南隆二。そんで、そいつが今後『幕開け人』に接触するかもしれないから、先に保護したってわけ」
と、寝返りを打って上半身を起こす。
土屋さんは椅子に座りながら言った。
「誰が決めたのよ、それ」
「知りませんよ。けど、日南隆二を見つけたのは航太です。一番情報を持ってるから世話役に任命されたって話です」
「世話役って言うより監視ね。それにしても、便利に使われ過ぎじゃない?」
それは分かる。オレも不満に思っているところだ。でも、一つだけたしかなこともある。
「でも、これで汚名返上できましたよ」
「ああ……それはそうね」
土屋さんも気になっていたのだろう、ほっとした様子だった。
「それより、もう墓場はいいんすか?」
「ええ、『幕開け人』が一向に現れないから人数を減らされたの。じきに研修も再開される予定よ。でも千葉くんがいないんじゃ、私たちはしばらく仕事にならないわね」
「そうっすね。けど、これで給料もらえるんだからラッキーです」
ひとまず孤独でなくなったことに安堵して、オレはにやりと口角を上げた。
日南隆二を保護して一週間。
あいかわらずオレが航太と会える時間は短いけれど、それにもだんだん慣れてきた気がする。
「楓はどうして『幕引き人』になったんだ?」
帰るために廊下を歩いていると、航太が唐突に聞いてきた。
「どうしてって、人殺し放題って聞いたからだ」
「物騒だな」
苦笑する航太にオレはにやりと笑う。
「虚構の住人はいくらでも殺していいだろ? そうすることが仕事なんだし、VRゲームみたいで楽しいし」
「だから
別に殺人衝動があるわけではないし、誰かを殺したいと思ったこともない。虚構の住人を殺すことは一種のストレス発散とも言えるため、ただ楽しいだけだ。
「航太は惑星インフィナムを救いたい、だっけ?」
オレが聞き返すと航太はうなずいた。
「ああ、そうだ。現地調査に行った時、情報にあふれた惑星を見て驚いたし、限界に近づいてることを知ってからは、苦しそうに見えてならなかった」
航太は優しい。
「それにアカシックレコードの容量を減らせれば、いずれ『創造禁止法』は撤廃される。そうしてまた、新しい物語に触れることができる日を、僕は待ち望んでいるんだ」
と、複雑な感情の入り乱れた顔で笑い、オレは半ば無意識に口走った。
「やっぱお前、向いてねぇんじゃねぇの」
「え?」
「真面目すぎるんだよ。『幕引き人』なんてやめて、もっと気楽にできる仕事を探すべきだ」
オレの言葉に航太は困惑しながらも、その責任感を手放せないのだった。
「ありがとう、楓。でも、自分で決めたことなんだ。最後までやりきりたい」
それが航太のいいところだし、かっこいいところでもある。
でもオレは、いつかまた航太が何かやらかすんじゃないかと、なんとなく不安になった。