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第33話 複雑な感情

 物語の墓場の監視がゆるめられたらしく、土屋さんが戻って来た。

「あら、千葉くんは?」

 ソファに寝転んでゲームをしていたオレは、目だけを向けて返す。

「日南隆二の世話役やってます」

「世話役? 聞いてないんだけど」

 機嫌が悪そうな調子で言いながら、土屋さんはデスクへと向かう。

 オレはゲーム画面に目を戻しつつ説明した。

「オレが消去した日南梓の持ち主が日南隆二。そんで、そいつが今後『幕開け人』に接触するかもしれないから、先に保護したってわけ」

 と、寝返りを打って上半身を起こす。

 土屋さんは椅子に座りながら言った。

「誰が決めたのよ、それ」

「知りませんよ。けど、日南隆二を見つけたのは航太です。一番情報を持ってるから世話役に任命されたって話です」

「世話役って言うより監視ね。それにしても、便利に使われ過ぎじゃない?」

 それは分かる。オレも不満に思っているところだ。でも、一つだけたしかなこともある。

「でも、これで汚名返上できましたよ」

「ああ……それはそうね」

 土屋さんも気になっていたのだろう、ほっとした様子だった。

「それより、もう墓場はいいんすか?」

「ええ、『幕開け人』が一向に現れないから人数を減らされたの。じきに研修も再開される予定よ。でも千葉くんがいないんじゃ、私たちはしばらく仕事にならないわね」

「そうっすね。けど、これで給料もらえるんだからラッキーです」

 ひとまず孤独でなくなったことに安堵して、オレはにやりと口角を上げた。


 日南隆二を保護して一週間。

 あいかわらずオレが航太と会える時間は短いけれど、それにもだんだん慣れてきた気がする。

「楓はどうして『幕引き人』になったんだ?」

 帰るために廊下を歩いていると、航太が唐突に聞いてきた。

「どうしてって、人殺し放題って聞いたからだ」

「物騒だな」

 苦笑する航太にオレはにやりと笑う。

「虚構の住人はいくらでも殺していいだろ? そうすることが仕事なんだし、VRゲームみたいで楽しいし」

「だから容赦ようしゃ躊躇ちゅうちょもないんだな」

 別に殺人衝動があるわけではないし、誰かを殺したいと思ったこともない。虚構の住人を殺すことは一種のストレス発散とも言えるため、ただ楽しいだけだ。

「航太は惑星インフィナムを救いたい、だっけ?」

 オレが聞き返すと航太はうなずいた。

「ああ、そうだ。現地調査に行った時、情報にあふれた惑星を見て驚いたし、限界に近づいてることを知ってからは、苦しそうに見えてならなかった」

 航太は優しい。

「それにアカシックレコードの容量を減らせれば、いずれ『創造禁止法』は撤廃される。そうしてまた、新しい物語に触れることができる日を、僕は待ち望んでいるんだ」

 と、複雑な感情の入り乱れた顔で笑い、オレは半ば無意識に口走った。

「やっぱお前、向いてねぇんじゃねぇの」

「え?」

「真面目すぎるんだよ。『幕引き人』なんてやめて、もっと気楽にできる仕事を探すべきだ」

 オレの言葉に航太は困惑しながらも、その責任感を手放せないのだった。

「ありがとう、楓。でも、自分で決めたことなんだ。最後までやりきりたい」

 それが航太のいいところだし、かっこいいところでもある。

 でもオレは、いつかまた航太が何かやらかすんじゃないかと、なんとなく不安になった。

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