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第34話 フラストレーション

 十日目、日南隆二が裏切った。終幕管理局で保護される前に「幕開け人」と接触していたことを明かし、あちらの計画を洗いざらい白状はくじょうしたのだ。

 オレが以前消した日南梓は作家だったため、北野響を名乗る「幕開け人」の思想に共感した。オレたち「幕引き人」が物語を消すのと反対に、物語を再生させることに協力し始めたのだ。

 同じことが他の作家キャラクターにも起こり得るのではないかと「幕開け人」は考え、裏サイトで作家キャラクターを集めているという。

 局内は騒然となり、監視に回されていた「幕引き人」たちは一旦、全員引き上げさせられた。

 そして会議を終えた課長から、新たな任務を言い渡された。日南隆二が「幕開け人」から聞かされた計画を、先回りしてつぶすという内容だ。

 依然として航太は日南隆二のそばにいるため、オレは溜まりに溜まったフラストレーションを虚構世界にぶつけるしかなかった。


「死にたくなければ指示に従え」

 大きな鎌を見せながら見据えれば、虚構の住人は蒼白した顔で何度も首を縦に振った。

「従います、従いますからどうか……っ」

 ここは物語の墓場。作者にも忘れ去られた物語が、ぐちゃぐちゃにまざり合って世界を成している。

 オレは鎌を下ろすと、住人の腕を引いて無理やり立ち上がらせた。

「行け」

「はい……!」

 怯えながら歩き出す住人の前を、土屋さんが先導する。オレは後ろについて歩きながら、何とも言えない気分を味わっていた。

 マンション前には車が待機していて、そこに住人を乗せれば終了だ。後は別の「幕引き人」がやってくれる。けれども、こんな誘拐犯みたいな真似をしていることが、どうも気に食わない。

 オレはゲームがしたいのだ。命のない、想像の人間たちを消していって、ついでにアカシックレコードの掃除をできればよかった。

 でも、今やっているのは「幕開け人」の計画を破綻はたんさせることであって、オレのやりたいこととはまったく違う。しかも、休日を返上してまでやらされているのだ。

「ムカつく」

 小声で吐き捨てて、オレは走り去る車を見送った。


 航太に会うことなく独身寮の部屋へ帰り、オレはベッドへ倒れ込んでからため息をついた。

 まったく嫌になる。新しい仕事はちっともおもしろくないし、航太には会えないしで、どうにも気分が晴れない。

「何もうまくいかねぇ……」

 最近はイライラが溜まるばかりで、どうしようもない日々だ。さっさと「幕開け人」が捕まれば、きっと元に戻るはずだけど……いったいいつになるだろうか。

 ふと空腹を覚えて寝返りを打ち、天井を仰いだ。

「航太の手料理が食べたい」

 小声でつぶやいた言葉は、誰の耳にも届かず消えた。

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