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第35話 最高に気分がいい

「次に『幕開け人』が現れた時は、君たちに向かってもらおうと考えている」

 日南隆二が保護されてから二週間が経過していた。

 あまり乗り気になれなかったオレだが、課長の次の発言には驚いた。

「また、同時進行で物語の墓場を廃棄はいきすることが決まった。二度と再生させられないようにな」

「え?」

「どういうことですか?」

 思わず目を丸くするオレたちへ、課長は一つ息をついた。

「そのままの意味だよ。『幕開け人』がこれ以上、虚構を再生できないように壊すんだ」

 理屈は分かる。分かるけど、そこまでする必要があるかどうかは疑問だ。

「それには一人でも多くの人員が必要になる。『幕開け人』の消去をする時には千葉くんに戻ってきてもらうから、そのつもりでいなさい」

 えっ、航太が戻って来る!? やった、やっと戻って来るのか!

 自然と気分が高揚して、オレは先ほどまでの仏頂面から明るい表情へ変わった。

「分かりました」

 と、土屋さんもどこか安心したように返し、課長は黙ってうなずいた。


 夕方四時。ついに「幕開け人」が物語の墓場へ姿を現した。

 記憶還元室で待っていると、遅れて航太がやってきた。

「すみません。すぐに行きましょう」

「ええ」

 土屋さんと航太がさっさとRASのある部屋へ向かい、オレも後をついていく。

 航太の隣に並んでオレが黙って拳を差し出すと、察した彼が軽くグータッチを返してくれた。

「やっとだな」

「帰りはだいたい一緒だったけどな」

 くすりと笑う航太だが、オレはそっぽを向いた。彼と虚構世界に入れることが、無性に嬉しくてたまらなかった。


 すでに物語の墓場の破壊作業が始まっていた。

 事前に聞かされていた情報を元にマンション付近を探していると、駐車場でそいつらを見つけた。

 オレはにやりと笑ってから声を張り上げる。

「日南梓、まだ生きてたのかよ」

 すると後ろから土屋さんが呆れたように言う。

「田村くんは本当に馬鹿ね。生きてたんじゃなくて復活したのよ」

「土屋さん、細かいことはどうだっていいじゃないですか」

 と、なだめるように航太が言い、オレはますます嬉しくなる。やっといつものC班が戻って来た。

 駐車場の中へ足を踏み入れて近づいていく。

 オレが一度消した日南梓は、そっくりそのまま復活していた。後ろにいる髪の短い女が「幕開け人」の北野響らしいが、もう一人男がいた。

 日南はこちらを警戒するようににらみながら言う。

「お前らが『幕引き人』か?」

 オレは足を止めて返した。

「ああ、そうだが?」

 一瞬、二人の視線がまじわった。

「オレたちを消しに来たんだろう? 悪いが、見逃してくれないか?」

「はあ? んなわけねぇじゃん!」

 何を言い出すかと思えば命乞いか。虚構のくせになんて愚かしい!

 あまりのおかしさにオレは笑い声を上げた。土屋さんが息をつき、航太が呆れているような気配を感じたが、かまわずに笑い続ける。

 何故なら、今のオレは最高に気分がいいからだ!

 気が済むまで笑ってから、深く息を吸いこんだ。

 これまでのフラストレーション、すべてぶつけさせてもらう。元はといえば、お前ら「幕開け人」のせいだもんなぁ!?

「さっさと消えろよ、ゴミ」

 日南がびくっと肩を揺らし、かまわずにオレは続ける。

「お前らはいらねぇんだよ。価値のない想像なんざ、ゴミでしかねぇ」

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