やけにテンションが高いな、とは思った。きっと純粋な楓のことだから、僕とまた虚構世界で仕事ができることを嬉しく思っているのだろう。
とはいえ、僕たちが「幕開け人」の消去を命じられたのには理由がある。
作者である日南隆二さんに接触した「幕開け人」が
「やはり彼女、現実世界の人間ではなさそうですね」
観察した結果を僕が口にすると、隣で土屋さんがうなずいた。
「ええ、マーキングがないわ」
現実世界と虚構世界とを行き来するには、マーキングと呼ばれるリードが必要になる。それをたどることで現実世界へ戻るのだが、北野にはついていない。
ふいに日南梓が大声を出した。
「ふざけんな! オレたちはゴミじゃねぇ!!」
すると楓が即座に言い返す。
「はあ!? 人間様に生意気言いやがって! てめぇらは全員、虚構なんだよ!」
「虚構でも生きてる! オレたちだって考えるし傷つくんだぞ!?」
思わずはっとする僕だが、似たような台詞はこれまでに何度も聞いてきた。それでも僕たちはやらなければならない。
「勝手に傷ついてろよ! っつーか、マジ邪魔だからさっさと消えろ!」
しびれを切らした楓が片手を後ろへ回した。破砕機を取り出す時の動きだ。僕たちは彼から離れて、適度に距離を取った。
日南は楓の大きな鎌に多少ひるみながらも、仲間へ言う。
「北野、オレがここで死んでも、もう一回復活させてくれるよな?」
「当然でしょ!? でも、ここで消させたりしない!」
涙まじりに北野が叫び、日南は意外にも冷静に返した。
「いや、たぶん無理だ。お前たちだけでも逃げてくれ」
日南の覚悟を察したのだろう、もう一人の男が北野の手を取った。
「逃げよう、北野ちゃん」
「で、でも……っ」
戸惑う北野へ日南が叫ぶ。
「いいから行け! お前たちだけでも生き延びろ!!」
二人が駆け出していくと、楓が鎌を両手にかまえた。日南へ向かって大きく振り上げる。
「何度復活したって無駄だ。オレが何度だって殺してやる」
いつもよりも低い声できっぱりと言い放つその姿に、思いがけず胸がときめいた。さっきの楓、ちょっとかっこよかったな。
普段は可愛いとしか思っていなかったため、自分でもかっこいいと感じたのは意外だった。しかし考えてみれば、そういう楓も悪くない。
新しい彼氏の一面を知って喜びつつ、僕も長弓を取り出して矢を引き絞る。狙うは逃げていく二人なのだが、僕が矢を放つ直前に彼らの姿が一瞬にして消えた。
「え?」
見ていた土屋さんも驚き、僕は呆然としてしまう。手から力が抜けて放たれた矢が、誰もいない空間を虚しく飛んでいく。
後に残されたのは日南梓の遺体だけだった。
現実世界へ戻り、課長の元へまっすぐに報告をしに行った。見てきたものについて語り、僕は北野響が偽物である可能性について言及した。
課長は難しい顔をしてうなずき、僕たちを下がらせた。
それからオフィスへ戻った頃には、物語の墓場が完全に崩壊したという知らせが入った。
あの後「幕開け人」がどこへ行ってしまったのかは分からない。解析して見つけ出せればいいが、それですべての疑問が解けるとも思えない。
ともあれ「幕開け人」の計画を