「え、記録課に配属?」
その夜、航太のベッドに座って寄り添いながら、オレは目を丸くした。
「ああ、北野響の作者を見つけ出したが逃げられたそうだ。それで実質的に、日南さんの保護を継続させたいらしい」
「じゃあ、航太は?」
「もちろん世話役は終わりだ。これからも頼られることはあるだろうけど、僕も業務課へ戻る」
オレの腰に回した腕へぎゅっと力を込めつつ、航太はもう片方の手でオレの手を取った。
「これまで通りだ」
指の間に指を入れて、航太の大きな手がオレの白くて細い手を握る。
「……そっか。よかった」
オレもぎゅっと握り返して、彼の肩へもたれかかった。
離れていたのはたったの二週間だけど、とても長く感じられた。
航太が世話役をしていた日南隆二は、終幕管理局の職員として記録課に配属されることが決まったという。
これですべて元通りだ。オレたちはまた六組C班で「幕引き人」の仕事をする日々へと戻る。
「そういや、結局『幕開け人』って何だったんだ? 何で物語を再生できたわけ?」
「それはまだ調査中らしいが、物語の墓場だからじゃないか、とは聞いたな。あらゆる物語がまざり合って一つの世界を成している特殊な場所だからこそ、虚構の住人は本来の物語の枠から外れて『幕開け人』になったんだと」
「そんなことがありうるのか」
「不思議だよな」
と、息をついてからふと航太が言った。
「そういえば、さっきふと思ったことがあるんだ」
オレは上目遣いに彼を見た。
「何だよ?」
「僕はどうやら、かっこいい楓にもときめくことができるらしい」
「は?」
急に何の話だと思っていると、航太がオレを見下ろした。
「僕はずっと楓を可愛いと思ってきた。主に可愛いのはその性格であり、反応なわけだが、かっこいい楓もいいなと思ったんだ」
「……で?」
「かっこいい楓も好きということが分かって、少し考えてみた。たとえば、楓が女性だったとしたら?」
その質問は怖いな。どんな結果が出されたのか、ちょっとびくびくしてしまう。
航太はオレの不安をよそに、にこりと笑った。
「僕はきっと、楓が女性でも好きになっただろうな」
「……マジで?」
「マジだよ。だって僕は楓が男性だから好きになったわけじゃない。楓という人間を好きになったのであって、言ってしまえば、性別なんてどうでもいいんだ」
ほっとした。でも、すぐに自分はどうかと考えてオレはうつむく。つないだ手を見つめながら口を開いた。
「オレ、航太が女だったら好きになってないかもしれない」
「男の僕がいいのか?」
「うん」
そもそも女性になった航太を想像できない。オレが好きなのは、かっこいい航太なのだ。
「そうか。まあ、僕も楓に抱かれる姿は想像できないな」
航太がくすりと笑い、Tシャツの裾から手を入れて素肌に触れる。
「っ……」
ぴくっと反応するオレを優しくベッドへ押し倒して、航太は笑った。
「楓、下手そうだし」
「なっ……勝手に決めつけんな」
とっさに言い返したものの、頬が熱くなるのを止められない。心臓の鼓動もどんどん速くなっていく。もう慣れたはずなのに、脳と心はいつも大騒ぎだ。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら航太は言った。
「よければ、僕がもらうが?」
「やらねぇよ! 誰にもやらない!」
反射的に言ったオレをくすくすと笑い、航太は眼鏡を外してからキスをした。
「誰にもってことは、楓は一生童貞ってことか」
「っ……」
「まるでプロポーズだな」
そういうつもりじゃないと言い訳をする隙も与えずに、航太は唇を重ねた。