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第38話 溺れる楓

 その虚構世界は冬だった。枯れ木が延々と立ち並び、どこからか水流の音も聞こえてくる。どうやら川があるらしいが、夕方で薄暗いためか視界に入ってこない。

「情報によると、この先に小屋があるはずだけど」

 土屋さんが周囲を見回しながら言い、航太はいつものように落ち着いて返す。

「消去目標は四人でしたね。おそらく全員、小屋の中にいるでしょう」

「ええ、この寒さだものね」

 現実世界が夏であるため、寒さがいっそう厳しく感じられる。しかし、虚構世界は睡眠時に見る夢のようなものなので、今感じている寒さは幻覚とも言える。

「さっさと終わらせましょう」

 と、オレが言った直後だった。遠く離れた前方に明かりが見えた。小屋だ。

「あったわね。作戦通りに行くわよ」

「はい」

「了解っす」

 オレたちはそれぞれに返事をし、足早に向かう。

 中から人の声がするのを確認してから、土屋さんがオレへ合図をした。

 オレは大きな鎌を振り下ろして問答無用で扉を壊す。

「お前ら、死ぬ準備はできてっかー?」

 言いながら中へ押し入ったが、住人たちはきょとんとしているばかりだ。よくあるパターンである。

「申し訳ないけど、ここは想像された世界なの。あなたたちは虚構の人間、今すぐ消させてもらうわ」

 と、後から土屋さんも入ってきて銃口を彼らへ向ける。

「な、何の話だ?」

「虚構? そもそもあんたら、いきなり入ってきて何なんだ?」

「強盗か? ここには金なんてねぇぞ!」

 はいはい、これもよくあるパターン。

「いいから死ね!」

 叫びながらオレは鎌を振り下ろす。二人の首が飛んだが、二人には避けられてしまった。すぐ脇を一人が駆け抜けていき、オレはすぐに方向転換をして追いかける。

「おい待て、逃げんな!」

 後ろで発砲音がした。土屋さんがもう一人を消去したらしい。

 外で待機していた航太の矢が飛んでいくのが見えたが当たらなかった。

 オレは全力で追いかけるが、住人は枯れ木の間を獣のようにすり抜けていく。なかなかに敏捷びんしょうだ。

「止まれ、楓!」

 そんな声が背後からしたかと思うと、オレは一瞬、宙に浮いた。地面が途切れているのに気づくと同時に、体がいきおいよく水の中へ沈む。

「うわっ」

 溺れる! オレ、泳げないのに!

 パニックになってもがくオレだったが、すぐに航太が腕を伸ばした。強い力で引き上げられると同時に、足が川底につく。

「し、死ぬかと思った……」

 幸いなことに航太が近くにいてくれたおかげで助かった。しかし気持ちはいまだ落ち着かず、状況もうまく把握はあくできなくて呆然としてしまう。

「大丈夫か?」

 航太がオレの背中を優しく撫で、オレは無言で瞬きを繰り返す。

 すると航太は何か気づいたような顔をしてから、にこりと笑った。

「とっさに助けてしまったが、溺れる楓は貴重だったな。もう少し見ていればよかった」

「っ……ば、馬鹿言うなよ」

 言い返すと少し気持ちが落ち着き、オレは航太の肩へ頭をもたげた。

「助けてくれて、ありがとう」

 航太は両腕でオレをぎゅっと抱き寄せると、耳元へ優しくささやいた。

「水深、浅かったぞ」

「え?」

「たぶん一・二メートルくらいだな」

 そんなところで溺れたのか、オレは!?

 急に恥ずかしくなると同時に、遠くから発砲音が鳴り響いた。どうやら土屋さんが仕留めたらしい。

 何だか急に力が抜けてしまって、オレは不機嫌につぶやいた。

「風邪ひきそうなんだけど」

「じゃあ、もっとぎゅっとするか?」

 そう言って航太がオレを強く抱きしめた。川で溺れたことなんて、もうどうでもよくなっていた。

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