いつものように航太と食堂で昼食を取り、六組のオフィスへ戻る途中だった。我慢できずにあくびが漏れて、隣を歩く航太がオレを見た。
「今日のお前、調子が悪そうだよな」
「ああ、いや……」
眠気でうっすらぼーっとする頭でオレは返す。
「ちょっと眠りが浅かっただけだ」
「眠れなかったのか?」
「中途覚醒。たまにあるんだよ」
オレにとっては慣れたことだから大して問題ではないのだが、航太は心配そうな顔をする。
「病院に行って相談したか? 原因は?」
横目に彼を見て、オレは少し迷う。思い当たることはあるものの、どう説明したらいいだろうか。
「母親が医者だから、家にいた頃はホットミルクを作ってもらってた。原因っつーか、理由は分かってるから大丈夫だ」
と、少しでも安心させようとしたが、航太は首をかしげる。
「聞きたいことがいくつもあるが……えーと、まずはその理由っていうのを聞いてもいいか?」
あまり言いたくないものの、いつか話さなきゃならない日が来ることも分かっていた。きっと、今がその時なのだ。
オレはため息をついてから前を見た。
「嬉しいことがあると、神経が
「……そうだったのか」
意外にも航太の反応は神妙で、オレは少し驚いた。てっきり馬鹿にされるかと思っていたからだ。
するとそんなオレの気持ちを察したのか、航太は明るい顔をして言う。
「やっぱり楓は繊細なんだな。あらゆることに過敏だから、自律神経が乱れやすいんだろう」
「まあ、そんなとこだ」
自分ではそれほど繊細だとか、過敏だとかは思わない。でも、きっとそうなんだろう。
「一応聞いておきたいんだが、僕の部屋に泊まりに来た時は、ちゃんと眠れてるよな?」
「ああ、航太といる時は安心するから」
口走ってからはっとして、頬が一気に熱を持つ。
見ると航太はにやにやと嬉しそうに笑っているではないか。
「それならいいんだ。ところで、キスしてもいいか?」
「何でだよっ! っつーか、周りに人いるからやめろ!」
言い返しながらもオレは壁際に追い詰められており、航太が満足気に顔を近づけてくる。
いくら今が昼休み中でも、人が行き交う廊下でキスなんてごめんだ! 絶対誰かに見られてるし、何より恥ずかしすぎる!!
口元に手をやって唇を防御したところで、はっと気がつく。
「おい待て。さっきお前、デスソースかけてなかったか?」
航太が動きを止めて目をぱちくりさせる。
「ああ、今日は週に一度の激辛の日だが」
「気分的に嫌だからやめてほしい」
真顔ではっきり伝えると、航太はどこか腑に落ちない顔をしながらも離れてくれた。
「辛いものを食べた後のキスは無し、か。覚えておこう」
よかった。どうにか人前でキスされるのは免れた。
「ちなみに歯磨きをしてもダメか?」
「うーん、それでも無し。最低でも二時間は置いてくれ」
「分かった。覚えておくよ」
すんなりと受け入れられてしまい、これはこれで何だか恥ずかしくなってきた。
オレは少しむすっとした顔をして問う。
「何でそんなに優しいんだよ」
すると航太はさらりと答えた。
「楓に嫌われたくないからな。本当に嫌がっている時はちゃんとやめるよ」
「……そういうところなんだよ」
──オレが安心して身を任せられるのは。
ぼそりとつぶやいて、オレはさっさと歩き始めた。後ろから航太が何か言ってきたが、わざと聞こえなかった振りをした。