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第40話 航太といる時は

 いつものように航太と食堂で昼食を取り、六組のオフィスへ戻る途中だった。我慢できずにあくびが漏れて、隣を歩く航太がオレを見た。

「今日のお前、調子が悪そうだよな」

「ああ、いや……」

 眠気でうっすらぼーっとする頭でオレは返す。

「ちょっと眠りが浅かっただけだ」

「眠れなかったのか?」

「中途覚醒。たまにあるんだよ」

 オレにとっては慣れたことだから大して問題ではないのだが、航太は心配そうな顔をする。

「病院に行って相談したか? 原因は?」

 横目に彼を見て、オレは少し迷う。思い当たることはあるものの、どう説明したらいいだろうか。

「母親が医者だから、家にいた頃はホットミルクを作ってもらってた。原因っつーか、理由は分かってるから大丈夫だ」

 と、少しでも安心させようとしたが、航太は首をかしげる。

「聞きたいことがいくつもあるが……えーと、まずはその理由っていうのを聞いてもいいか?」

 あまり言いたくないものの、いつか話さなきゃならない日が来ることも分かっていた。きっと、今がその時なのだ。

 オレはため息をついてから前を見た。

「嬉しいことがあると、神経がたかぶっちまって眠れなくなるんだよ」

「……そうだったのか」

 意外にも航太の反応は神妙で、オレは少し驚いた。てっきり馬鹿にされるかと思っていたからだ。

 するとそんなオレの気持ちを察したのか、航太は明るい顔をして言う。

「やっぱり楓は繊細なんだな。あらゆることに過敏だから、自律神経が乱れやすいんだろう」

「まあ、そんなとこだ」

 自分ではそれほど繊細だとか、過敏だとかは思わない。でも、きっとそうなんだろう。

「一応聞いておきたいんだが、僕の部屋に泊まりに来た時は、ちゃんと眠れてるよな?」

「ああ、航太といる時は安心するから」

 口走ってからはっとして、頬が一気に熱を持つ。

 見ると航太はにやにやと嬉しそうに笑っているではないか。

「それならいいんだ。ところで、キスしてもいいか?」

「何でだよっ! っつーか、周りに人いるからやめろ!」

 言い返しながらもオレは壁際に追い詰められており、航太が満足気に顔を近づけてくる。

 いくら今が昼休み中でも、人が行き交う廊下でキスなんてごめんだ! 絶対誰かに見られてるし、何より恥ずかしすぎる!!

 口元に手をやって唇を防御したところで、はっと気がつく。

「おい待て。さっきお前、デスソースかけてなかったか?」

 航太が動きを止めて目をぱちくりさせる。

「ああ、今日は週に一度の激辛の日だが」

「気分的に嫌だからやめてほしい」

 真顔ではっきり伝えると、航太はどこか腑に落ちない顔をしながらも離れてくれた。

「辛いものを食べた後のキスは無し、か。覚えておこう」

 よかった。どうにか人前でキスされるのは免れた。

「ちなみに歯磨きをしてもダメか?」

「うーん、それでも無し。最低でも二時間は置いてくれ」

「分かった。覚えておくよ」

 すんなりと受け入れられてしまい、これはこれで何だか恥ずかしくなってきた。

 オレは少しむすっとした顔をして問う。

「何でそんなに優しいんだよ」

 すると航太はさらりと答えた。

「楓に嫌われたくないからな。本当に嫌がっている時はちゃんとやめるよ」

「……そういうところなんだよ」

 ──オレが安心して身を任せられるのは。

 ぼそりとつぶやいて、オレはさっさと歩き始めた。後ろから航太が何か言ってきたが、わざと聞こえなかった振りをした。

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