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第42話 夏なんだし

 夕食の後、シャワーを浴び終えた航太が言った。

「明日の午前中、日南さんたちが来る」

 ベッドでごろごろしながら待っていたオレは、起き上がって彼を見る。

「来るって、ここにか?」

 航太はうなずいた。

「ああ、そうだ。僕に相談があるらしくて、記録課の人を連れてくるそうだ」

 ということは、三人で話をするのか。

「もしかしてオレ、帰った方がいい?」

 心配になってたずねてみると、航太は首を振った。

「いや、いてくれてかまわないよ。ただ、いつもみたいにのんびりできそうにはないが」

 と、航太は隣に腰を下ろした。さっきまでドライヤーの音がしていたが、髪の毛がまだ少し湿しめっている。

 オレはちょっと視線をそらしつつ返した。

「別にいいよ。その後にのんびりすればいいんだし」

「そうか、そうだな。そうしよう」

 不思議な台詞を放ってから航太がにこりと笑う。

「でも、楓の機嫌はとらなきゃな」

 と、オレの顎を取ってキスをする。

 オレはまぶたを閉じて彼から与えられる刺激に応じて、半ば無意識にその腕や肩に手を触れる。

 いつものように長く唇を重ねた後で、航太がオレを背中から抱きしめた。オレの肩へ顎を乗せ、甘えるようにする。

「明日の朝、何食べたい?」

「卵かけご飯」

「納豆もあるぞ」

「それはいらない。好きじゃない」

「そうだったな」

 くすくすと笑う航太へ体を預けるようにして、オレは彼を見る。

「なぁ、航太」

「ん?」

「もうすぐ八月だろ? 夏なんだし、オレ、いろいろ行きたいところあるんだけど」

 航太は優しい声でたずねた。

「たとえば?」

「……プール、とか」

「お前、泳げないじゃないか」

「本当は海がいいけど、ねぇんだもん」

 スペースコロニーは人工の惑星だ。地球と違って海はなく、さらに言えば地面もすべて人工物。土や砂は地球から運んできたものだった。

「たしかに海はないな。それじゃあ、考えておこう」

「うん。それと……」

 言おうとして目が合い、何だか急に恥ずかしくなってしまった。

「それと、何だ?」

 優しい目をして航太が聞き返し、オレは口を閉ざす。

 一緒にお祭りへ行きたいと言えばいいだけだと分かっているのに、心が恥ずかしがってしまって言葉が出てこない。

「恥ずかしくなるようなことなのか?」

「そ、そうじゃないけど……」

 お祭りなんてカップルにとっては定番中の定番だ。でも、本当はそれだけじゃなくて、花火もしたい。二人でやって楽しいものかどうかは知らないけど。

「教えてくれないのか。それじゃあ、とりあえずプールだな」

「……うん」

 航太がオレの頬に手をやって振り向かせ、さっきよりも深いキスをした。

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