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第43話 来客と緑茶とかき氷

 朝食の後、オレはベッドに寝そべりながらゲームをしていた。

 航太は来客に備えて片付けをしており、どことなく落ち着かない雰囲気だ。

 やがて日南隆二がやって来て、航太が明るく迎える声が聞こえた。

「いらっしゃい、日南さん」

「お邪魔します」

 と、日南隆二らしき声。その後で小さく女の声もした。どうやら三人目は女性だったらしい。

「どうぞ、座ってください」

 航太がうながし、客たちが椅子を引いて腰を下ろす。

「奥に人がいますけど、気にしないでください。どうせあいつは興味がないでしょうから」

「あ、そうなんだ」

 興味がないというより、部外者だから関わりたくないだけだ。オレは日南隆二との面識もないし。

 オレがそんなことを考えている間に、航太が茶を出したらしい。

「緑茶じゃないですか」

 と、驚く女の声がし、航太は言う。

「ちょっと高いけど、買える場所があるんですよ。よければお教えしましょうか?」

「え、いいんですか? ぜひお願いします」

「では、後ほどお教えしますね」

 緑茶を売ってる店を教えたのはオレだ。ちょっともやもやする。

 航太が席につき、真面目な調子で言った。

「さっそく本題に入りましょう。僕は業務課六組の千葉航太と申します」

「記録課の一坂律子いちさかりつこです。よろしくお願いします」

 彼らの話が始まったところで、オレは寝返りを打ってゲームに意識を集中させた。


 客が帰っていったところでオレはベッドを出た。

 食卓でノートパソコンを使っている航太のそばへ寄る。

「何だったんだ、あれ」

 彼らの会話をちゃんと聞いていたわけではないが、話の途中で一坂が泣き出したのは分かった。何やら複雑な事情があったようで、航太と日南はそんな彼女に声をかけて励ましていた。

 どうにか落ち着いたところでまた少し話をして、二人は帰ることになったのだが。

 航太は画面を見たまま答えた。

「消してほしい記憶があるそうだ。でも、彼女はまだ想像した物語に未練を持ってる。愛着と言ってもいいかもしれない」

「……愛着なんて消したらやべぇだろ」

 言いながら航太の隣へ横向きに腰かけた。頬杖をつき、彼の横顔をじっと見つめる。

「危険性は僕も理解している。でも彼女が、どうしても消してほしいと言うのなら、協力しようと思う」

「協力って、どうすんだよ? どこにあるのか分かったのか?」

「ああ、おそらくこれだ」

 航太はノートパソコンを動かして、検索結果を見せた。

蛹ヶ丘さなぎがおか魔法学校。規模はそこそこあるが、タイトル以外の情報が見えない」

「え、マジで?」

 びっくりしてオレは目をまん丸にしてしまった。

 航太がクリックして情報を開いたが、表示されたのはタイトルだけだ。

「どうやらロックされてるらしい」

「虚構記憶が? 懐旧記憶じゃあるまいし、んなことありえんのかよ」

 妙なことになってきたのを感じて少しそわそわする。

「信じがたいのは僕もだ。だが、このせいで管理部でも手出しができないと判断して、これまで消去されずにいたんだろう」

「マジかよ。やっぱりあの女、本当は消してほしくないんじゃねぇの?」

「そうとは言いきれないだろう。とにかくこの結果を踏まえて、もう一度話し合う必要がある」

 あいかわらず航太は真面目だ。オレは食卓に置かれたままの急須へ手を伸ばし、キッチンへ向かった。

 電気ケトルに水を入れて湯を沸かし、二煎目を淹れる準備をする。

 何か作業をしていた航太がふと言った。

「もう昼食の時間だな。楓、何食べたい?」

 振り返り、オレは即答した。

「かき氷食いたい」

「それは昼食じゃないな。まあいい、どこかへ食べに行こう」

 と、航太が呆れたようにくすりと笑った。

 航太とはやりたいこと、行きたいところがたくさんある。この夏を二人で思いきり楽しみたかった。

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