出勤すると航太の姿がなかった。
「あれ? あいつ、まだ来てないんすか?」
驚いてオレが口にすると、土屋さんが首をかしげた。
「来てはいるみたいだけど、いないのよね。今日の予定もまだ真っ白だし」
「そうっすか……」
どこへ行ったのだろうと不思議に思いながら、ロッカーへ鞄をしまう。
それから自分のデスクへ着いたところで、航太が戻って来た。オレの方を見て、どこかほっとしたように言う。
「もう来てたか、楓」
「おはよう、どこ行ってたんだ?」
「ああ、すぐに話す」
航太はオレを手招きし、土屋さんへ声をかけてC班を集めた。
「先ほどまで虚構世界管理部へ行っていました。89.6、53.4、2024.3に位置する虚構に異変が起きていて、それを調査する許可を取りに行っていたんです」
ピンときたオレが何か言う前に土屋さんがたずねる。
「異変って何?」
「以前までロックがかかっていたのですが、昨日の夜になって解除されたんです」
やっぱりそうだ。一坂の蛹ヶ丘魔法学校だ。
でも、ロックが解除されたっていうのは変だな。たしかにこれは異常事態だ。
「さらに本来は八人いる住人が四人にまで減っていて、どうやら殺人事件が起きているらしいんです」
「はあ? 何それ、全然分からないんだけど」
びっくりする土屋さんの隣でオレも言う。
「それで調べに行くってことか?」
「ああ。こんなことは初めてだから、ぜひ調べたいと願い出たんだ」
なるほど、航太の考えは理解できた。
「それで予定が白紙になってたのね」
「ええ、じきに届くと思います。それとこの虚構ですが、持ち主にも情報を共有したいので、向かうのは午後になるかと」
「それはいいけど、持ち主は分かっているの?」
「もちろんです。その人が消したがっていた虚構でもありますから」
土屋さんは航太をしばらく見つめていたが、詮索するのはやめたらしい。
「分かったわ」
いずれにしても調査前には話すはずだ。航太は真面目なやつだから。
それにしても奇妙だ。アカシックレコードに記録されている情報は、現時点で六種類に分けられる。
個人的な思いや感情、記憶などは「懐旧記憶」で、個人の思い込みや勘違いなどの記憶を「無意義記憶」、創造された物語は「虚構記憶」、歴史的な出来事は「人類史記憶」、その他の個人的なものを「些事記憶」と呼び、睡眠時に見る夢が「泡沫記憶」だ。
懐旧記憶にはロックがかかっていることもあるけれど、虚構記憶でそれが確認されたのはおそらくこれが天の川銀河初ではないだろうか。しかも誰も触れていないのに、住人が勝手に減っている。
こんなにわくわくする仕事は初めてだ。航太には少しだけ感謝の念を覚えつつ、オレは午後になるのを待った。