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第49話 蛹ヶ丘魔法学校5

「じゃあ、エクレアの顔をつぶしたのは何でだ?」

 日南が質問をぶつけると、少年は遠い目をした。

「彼女もまた、わずかながら作者の声を聞いていました。でも誰かを殺すのは嫌だから自分で死ぬと、毒を飲んだんです」

「自殺だったのか」

「ですが、僕としてはどうしても他殺にしたかった。それで彼女が毒を飲んだことが分からなくなるよう、顔をつぶすしかなかったんです」

 えぐいことをするものだ。

 誰かがため息をつき、少年は言う。

「燈実さんの顔をつぶしたのは、一度だけでは怪しまれると思ったからです。もう一人くらい、同じ方法で殺しておかないと、あの時だけ特別だったと気づかれる恐れがありました」

 そこまでするものなのかと思ったが、少年には自由意志があるように思える。「幕開け人」の話を信じるなら、今回は何もしていない。でも、少年もまた物語の枠から外れた存在だと思われた。

「でも、やっぱり顔をつぶすのは痛々しくて見ていられません。後頭部に魔法をぶつけて殺害する方が、僕には合っていました」

 日南がわずかに目を瞠った。

「友人だったんだもんな。お前は殺す時に顔を見たくなかったんだ」

「ええ、そうです。僕はやっぱり、気の弱い設定にんげんですから」

 犯人の告白がついに終わった。

 航太がこれまでの話をまとめる。

「つまり、作者が自分でも自覚できないような深層心理に、虚構の住人が触れたことで、内部からの破壊が行われていた。

 残る謎は二つ。どうして『幕開け人』がこの世界へ入って来られたのか。そして、何故突然にロックが解除されたのか」

 少年は答えた。

「梓さんたちが入って来られたのは、興味があったからですよ。作者は『幕開け人かれら』を知りたがっていた。だから世界が一時的に開かれたんです」

 航太は神妙な顔でうなずいた。

「興味があったから、か。なるほど、記録課にいるのだから、その可能性は否定できないな」

「もう一つの疑問は簡単です。単純に壊れかけていたからですよ」

 なるほど。殺人事件により内部崩壊が進み、残った住人が減ったことで、自然とロックが解除されたってことか。

 日南たちは納得顔になり、航太もうんうんと首を縦に振る。

「そういうことか。これで調べたかったことは全部分かった」

「っつーことは、オレたちが消すまでもなく、作者自らがこの虚構を消そうとしてたってわけだ」

 結論を口に出し、オレはがたっと席を立つ。

「さて、もうこれでいいよな?」

 片手を後ろへ回して再び大きな鎌を取り出すと、オレはにやりと笑ってみせた。

「ぶっ壊すぜ?」

 日南たちが慌てて席を立ち、それぞれに武器を取る。しかし、意外な声が制止した。

「待ちなさい、田村くん」

「えっ」

 びっくりしてオレは土屋さんを振り返る。彼女は真剣な顔をして言った。

「千葉くんも、少しだけでいいから時間をくれる?」

「ええ、かまいませんが」

 怪訝そうに航太が返し、土屋さんはまっすぐに北野を見つめた。

「あなた、北野響じゃないわよね」

 見ると北野は驚いた顔をして、びくっと肩を震わせた。

「え? わ、わたしは、北野響だけど……」

 間髪を入れずに土屋さんが問う。

「それなら私のこと、覚えてるはずでしょう?」

 いったい何をしようとしているんだ? っていうか、知り合いだったのか? あれ、でも北野響は偽物だよな? 現実世界の人間ではなく虚構の住人だ。

 状況が把握できずに混乱するオレたちだが、それは日南たちも同じようだった。

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