「じゃあ、エクレアの顔をつぶしたのは何でだ?」
日南が質問をぶつけると、少年は遠い目をした。
「彼女もまた、わずかながら作者の声を聞いていました。でも誰かを殺すのは嫌だから自分で死ぬと、毒を飲んだんです」
「自殺だったのか」
「ですが、僕としてはどうしても他殺にしたかった。それで彼女が毒を飲んだことが分からなくなるよう、顔をつぶすしかなかったんです」
えぐいことをするものだ。
誰かがため息をつき、少年は言う。
「燈実さんの顔をつぶしたのは、一度だけでは怪しまれると思ったからです。もう一人くらい、同じ方法で殺しておかないと、あの時だけ特別だったと気づかれる恐れがありました」
そこまでするものなのかと思ったが、少年には自由意志があるように思える。「幕開け人」の話を信じるなら、今回は何もしていない。でも、少年もまた物語の枠から外れた存在だと思われた。
「でも、やっぱり顔をつぶすのは痛々しくて見ていられません。後頭部に魔法をぶつけて殺害する方が、僕には合っていました」
日南がわずかに目を瞠った。
「友人だったんだもんな。お前は殺す時に顔を見たくなかったんだ」
「ええ、そうです。僕はやっぱり、気の弱い
犯人の告白がついに終わった。
航太がこれまでの話をまとめる。
「つまり、作者が自分でも自覚できないような深層心理に、虚構の住人が触れたことで、内部からの破壊が行われていた。
残る謎は二つ。どうして『幕開け人』がこの世界へ入って来られたのか。そして、何故突然にロックが解除されたのか」
少年は答えた。
「梓さんたちが入って来られたのは、興味があったからですよ。作者は『
航太は神妙な顔でうなずいた。
「興味があったから、か。なるほど、記録課にいるのだから、その可能性は否定できないな」
「もう一つの疑問は簡単です。単純に壊れかけていたからですよ」
なるほど。殺人事件により内部崩壊が進み、残った住人が減ったことで、自然とロックが解除されたってことか。
日南たちは納得顔になり、航太もうんうんと首を縦に振る。
「そういうことか。これで調べたかったことは全部分かった」
「っつーことは、オレたちが消すまでもなく、作者自らがこの虚構を消そうとしてたってわけだ」
結論を口に出し、オレはがたっと席を立つ。
「さて、もうこれでいいよな?」
片手を後ろへ回して再び大きな鎌を取り出すと、オレはにやりと笑ってみせた。
「ぶっ壊すぜ?」
日南たちが慌てて席を立ち、それぞれに武器を取る。しかし、意外な声が制止した。
「待ちなさい、田村くん」
「えっ」
びっくりしてオレは土屋さんを振り返る。彼女は真剣な顔をして言った。
「千葉くんも、少しだけでいいから時間をくれる?」
「ええ、かまいませんが」
怪訝そうに航太が返し、土屋さんはまっすぐに北野を見つめた。
「あなた、北野響じゃないわよね」
見ると北野は驚いた顔をして、びくっと肩を震わせた。
「え? わ、わたしは、北野響だけど……」
間髪を入れずに土屋さんが問う。
「それなら私のこと、覚えてるはずでしょう?」
いったい何をしようとしているんだ? っていうか、知り合いだったのか? あれ、でも北野響は偽物だよな? 現実世界の人間ではなく虚構の住人だ。
状況が把握できずに混乱するオレたちだが、それは日南たちも同じようだった。