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第50話 蛹ヶ丘魔法学校6

 北野は困惑した表情で、恐る恐るといった風に首をかしげる。

「ご、ごめんなさい……分からない」

 土屋さんの目付きが一段と鋭くなった。苛立った様子で彼女は問い詰める。

「覚えてないのに、北野響を名乗ってるの? いったいどういうつもり?」

 やっぱり知り合いのようだ。どういうつながりなのか気になるが、口を挟める雰囲気ではない。

 北野は視線を落として深く息をつくと、覚悟を決めたように顔を上げた。土屋さんの視線を真正面から受け止め、毅然きぜんとした態度で返す。

「わたしは北野響。あなたが何を言いたいのかまったく分からないけど、それでもわたしは北野響なの」

 と、手にした剣を握り直す。

 土屋さんは呆れた風にため息をつくと、腰に装着したホルスターから黒い拳銃を取り出した。

「もういいわ。今ここであなたを消して、現実世界へ戻ってから解析すれば、欲しい情報はすべて明らかになる」

 銃口を北野へ向けた土屋さんへ、航太が席を立ちながらたずねる。

「土屋さん、話はもう済みましたか?」

「ええ、さっさと消しちゃいましょう」

「分かりました」

 航太が長弓をかまえ、オレも鎌の柄を握り直す。

 すると日南がまた馬鹿げたことを口に出した。

「もうこの世界は壊れかけてるんだろ? お前たちがわざわざ消去する必要はないんじゃないか?」

 航太は矢をつがえながら冷静に返答した。

「それはそうですが、作者からの強い希望なんです。自然に消えるのを待つのではなく、今この場で僕たちが消さなければなりません」

「偽者の正体を暴くためにもね」

 と、土屋さんが引き金に指をかける。今度こそ戦闘が開始されようとしていた。

 日南はじりじりと後退しながらつぶやいた。

「くそ、どうする……?」

 他の二人も同じように下がりながら言う。

「戦うしかないよ」

「ああ、こっちには魔法だってあるんだ」

 北野が手にしているのは剣で、もう一人の男は日本刀。日南はナイフを右手に握っており、敵意が明確になったのを察してオレは先制した。

「死ねぇ!」

 勢いよく鎌を振り上げながらテーブルへ跳び上がる。ほぼ同時に航太が矢を、土屋さんは銃を撃つ。

 しかし、直後に強風が吹き抜けた。体重の軽いオレはよろけてしまい、危うくテーブルから落ちそうになった。

「逃げろ!」

 赤い髪の男が日南たちへ向けて叫んでいた。

「ここは俺たちに任せて逃げるんや!!」

 オレたちが体制を整える間もなく、虚構の住人たちが襲いかかってくる。

「ありがとう!」

 と、日南が叫んで扉へと向かって駆けていき、オレはたまらずに吠えた。

「くそ、虚構のくせに生意気な!」

 今度こそ三人まとめて消してやろうと思ったのに!


 定時後、一坂たちへ事の始終を報告し終えた航太は廊下を歩きながら言った。

「不思議な体験だったな。それに、謎が増えてしまった」

「謎って?」

 聞き返すオレへ航太はため息をつく。

「蛹ヶ丘魔法学校のことはもちろん、北野響に関してもだ。いったい何が起きているのか、実際のところを知りたくなってしまった」

 疲れたような顔をしながらも、航太の目は好奇心で輝いている。

 蛹ヶ丘魔法学校は結局、一坂が望んだ通りに消去した。住人たちを消すのは手間取ったし、「幕開け人」も取り逃がしてしまったけれど、ひとまずの目標は達成できた。

 オレは前方に視線を向けつつ言った。

「っつーか、いつハグしてくれんだよ」

 はっと航太がこちらを見て足を止めた。オレも立ち止まって彼を見る。

「忘れるところだった」

 言いながら航太が腕を伸ばしてオレをぎゅっと抱きしめる。

「今日は大人しいんだな」

「だって周りに誰もいねぇもん」

「そうか」

 くすくすと航太は笑い、オレと目が合うなり短く唇を重ねた。

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