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第51話 バード・リバイバル

 オペレーターとの打ち合わせを終え、虚構世界へ入るためにRASへ向かう途中だった。

 短い通路の途中で航太が土屋さんへ声をかけた。

「あの、土屋さん。一つ聞きたいことがあるんです」

 前を歩いていた土屋さんが振り返って首をかしげる。

「何?」

「昨日のことです。土屋さんは、北野響と知り合いだったんですか?」

 彼女は「ああ」と、何でもないことのように前を向いた。

「前に、一緒の劇団にいたのよ。採算が取れなくて解散しちゃったけどね」

「ああ、そうだったんですね」

 土屋さんが劇団にいたことは知っていたが、まさか北野響もいたとは思わなかった。もっとも、虚構世界にいる北野響とは別物なわけだが。

 謎が一つ解けたはずなのに、なんとなくしっくり来ない。しかし、航太にはそれ以上詮索する様子はなかった。

 土屋さんが扉を開けて室内へ入り、その後に続いて航太とオレも足を踏み入れる。

 三台並んだリクライニングソファのようなRAS。そのうちの真ん中に土屋さんが腰かける。座る位置は決まっていて、オレは向かって左側で右側が航太だ。

 腰を下ろしたオレは深呼吸をし、目を閉じてリラックスした。


 昼食の最中、何気なくオレはたずねた。

「土屋さんがいた劇団って、どういうところだったんだろうな」

 興味を惹かれたのか、航太がオレをじっと見てから返す。

「主にシェイクスピアをやってたんじゃなかったか」

「ああ、すでにあるものしかやれないもんな」

 四年前に制定された「創造禁止法」のせいで、新たな演劇は作れない。オリジナリティを加えることも制限されているため、昔の戯曲をやっていたというわけだ。

「実際にどんな劇団だったかは分からないが」

 言いながら航太は最後の一口を食べ、咀嚼した。

「少し調べてみるか」

 早くも食べ終えた彼は、その場でデバイスを起動させて検索し始める。

「劇団の名前、知ってんのか?」

「北野響で探せば出てくるだろう」

 それもそうだ。オレは黙って醤油ラーメンをすすった。

 去年の四月、北野響という名前の女性が車にはねられて死亡した。当時は降雨装置の試験運転がされていたが、トラブルでおよそ四時間もの間、土砂降りとなった。

 続報で北野響が「幕開け人」を自称していたことが判明し、「創造禁止法」に違反する人物であったと報道された。それを皮切りに、ネットでは彼女の過去が面白半分に詮索されては拡散されていた。

「これだな、劇団バード・リバイバル。公演チラシを見ると三番目に名前がある」

「へぇ」

 演劇を観たことはないから分からないが、三番目となると準主役だろうか。

「土屋さんはダメだな。下の方に小さく名前があるだけだ」

 苦笑しながら航太が言い、オレも思わずにやりとした。

「ダメって言うなよ。その他大勢だって大事だろ」

「そうだな。でも、明らかに差があったのはたしかだ」

 デバイスの操作をやめて、航太がこちらを見る。

「虚構世界の北野響が、本物と同じ姿形であるとすれば、少なくとも美人であることは分かる」

「それ、土屋さんのことディスってんじゃん」

「そういうわけではないが、何て言うか……あの人はちょっと、キツいからな」

「顔が? それとも性格が?」

 たずねるオレへ航太は笑いながら言う。

「残念ながらどっちもだ」

 常に冷静で行動力もあるのが土屋さんのいいところだが、お世辞にも性格はいいとは言えない。

「その証拠に、婚活うまく行ってないって?」

「いやいや、さすがにそこまでは言ってないよ」

 言いながら航太は笑っており、この場に土屋さんがいなくてよかったと思う。

 もっとも彼女のことだから、呆れた顔でオレたちをにらむだけだろう。

 オレたちだって本気で悪口を言っているわけじゃない。親しみがあるからこその、冗談半分の雑談だった。

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