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第52話 途中の暗闇・前編

 多数を相手にする時ほど、オレの大鎌が威力を発揮する。振り下ろしたり、薙ぎ払ったりするだけで一気に虚構の住人の数は減り、その分だけ仕事も早く終わる。

「っつーわけだから死ね!」

 いつものように勢いよく鎌を振るっていた時だった。

 急に目の前が光ったかと思うと真っ暗闇になり、脳味噌がぐらりと揺れる感覚がした。

「楓!?」

「嘘、マーキングが切れちゃってるじゃない!」

 航太と土屋さんの声がする。でも、息ができない。なのに苦しくはなくて変な感じだ。

 自分がどういう状態にあるのか把握できずにいると、唐突に視界が戻った。

 はっと呼吸をして、オレは瞬きを繰り返す。いつの間にか地面に倒れていたようだ。

「大丈夫か?」

 心配そうな顔で航太がのぞき込んでいた。

「……うん」

 うなずくオレだが、声がうまく出なかった。かと思えば、自分の体が消えかかっているではないか。

「まずいな、接続が切れかかってる。一旦戻った方がいい」

「じゃあ、ここは私に任せて。千葉くんは早く田村くんを」

「分かりました」

 航太がオレを抱き起こし、まっすぐに目を見つめて言う。

「現実世界に戻るぞ」

 オレは黙って顎を引いた。

 消えかかった手で自分のマーキングをつかみ、意識を現実世界へと移動させる。


「びっくりしたよ! 大丈夫、ではなさそうだね」

 戻った途端、RASのオペレーターが叫んだ。

「すぐに医務室へ連れて行きます」

 と、航太の声がする。

「分かった。医務室にはこっちから連絡しておくよ」

「ありがとうございます」

 慌てた様子の航太が駆け寄ってくるが、オレは体が重くて動けなかった。

「意識はあるか?」

 オレはかろうじて目を動かし、航太がうなずく。

 そして航太に抱き上げられ、オレはぐったりとしたまま彼に体を預けた。


 医務室へ入るのは初めてだ。

 すぐにオレはベッドへ寝かされ、航太が産業医へ事情を説明する。

「虚構世界に入っていた時にマーキングが切れてしまったんです。すぐにつなぎ合わせることで接続は取り戻せたんですが、不安定になっていたので急いで戻って来ました」

「そうでしたか。たまにあるんですよね、マーキングの切断事故」

 そう言いながら産業医はこちらへ来ると、脈や呼吸を測った。

「気分はどうですか?」

「気持ち、悪い……」

「吐き気? めまい? それともですか?」

「め、まい……」

 あまりに気持ち悪くてまともに目も開けていられない。呼吸をするのも億劫おっくうなほど、体がだるくて仕方なかった。

「受け答えができるので、しばらく休んでいれば回復するでしょう。ただし、今日はもう仕事はなしですね」

「そうですか、分かりました。それじゃあ、仕事が終わったら迎えに来ます」

「分かりました」

 航太が心配そうな顔でオレを見てから、「よろしくお願いします」と産業医に頭を下げ、出ていった。

 オレはぼーっとする頭でめまいを感じながら、いつの間にか眠りについていた。

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