航太はオレの鞄を持って迎えに来てくれた。
一時間ほど眠ったおかげか、自力で体を起こせる程度には回復していた。
「まだちょっと気持ち悪いけど、さっきよりはマシになった」
「それならいいが、部屋まで送るよ」
「うん、ありがとう」
ゆっくりとベッドを下り、あらためて産業医へお礼を言う。
「ありがとうございました」
「お世話になりました」
と、オレも頭を下げた。
産業医はにこやかな顔で言う。
「いえいえ。まだ無理はしないようにしてくださいね。あと、何か食べると吐いちゃうことがあるので、気をつけてください」
言われなくても食欲がないため、今日は何も食べる気がしなかった。
廊下をゆっくりと歩きながらオレはため息をついた。
「まさか、マーキングが切れるなんてな」
「ああ、僕も驚いた。とっさにつなぎ直したんだが、楓の意識が虚構世界に置き去りにされるんじゃないかって、気が気じゃなかったよ」
苦笑いをしながら航太が言い、オレも苦い顔をする。
「オレは何が起きたか、ちっとも分かんなかった。いきなり目の前が真っ暗になったんだぜ」
「怖かっただろう?」
「そっちこそ」
二人して曖昧に笑い、それぞれに息をつく。
エレベーターの前まで来て、航太がボタンを押す。
「考えてみれば、虚構世界には意識だけを飛ばしてるんだよな」
開いた扉の向こうへ進み、後から航太が入って来て扉を閉めた。
「夢の中へ入る技術を応用してるから、接続が戻っても不安定になって当然なんだ。中途半端に目覚めたようなものだからな」
「ああ、たしかに」
言われてみれば、あの暗闇は夢から目覚める途中の暗闇と似ていた。
「強制的に睡眠状態になってるわけだから、体がついてこないのも当然だ。だから気持ち悪くなったんだろう」
「うん、そういう感じだった」
「とにかく、大事がなくてよかった。今日は何もしないで、すぐに休んだ方がいいな」
「うん」
少しのどが渇いたから、部屋に帰ったら水でも飲もう。それと……。
「少し、甘えてもいいか?」
「え?」
航太の方へ距離を詰め、オレは至近距離で航太を見つめた。
想定外だったらしく、めずらしく航太はどぎまぎとしている。かまわずにオレは言った。
「ぎゅってしてほしい」
戸惑う航太だったが、すぐにはっとしてオレを抱きしめてくれた。
「これでいいか?」
「うん。ちょっと元気出た」
やっぱりハグされると精神的に安心する。体の不調も少しだけマシになった気がした。
直後、エレベーターが一階に到着し、オレたちは慌てて離れた。
誰にも見られてはいなかったが、航太の頬がわずかに赤く染まっていた。
エレベーターを出て、オレたちは互いに無言のまま玄関へ向かう。外へ出たところで、オレは航太の手を握った。
めずらしく航太はびくっとし、どこかぎこちなく握り返してくる。
「……弱ってる楓は、甘えん坊だな」
小声でぼそりとつぶやく航太だが、オレは聞こえなかった振りをした。こんな時くらいしか、オレは素直に甘えられないのだった。