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第54話 ショッピングデート

 金曜日の仕事終わり、オレは航太と一区のショッピングモールへ来ていた。

「おおー」

 スポーツショップの並ぶフロアに水着もあり、そのカラフルさに心が沸き立つ。レディースに負けずおとらず、メンズの品ぞろえもいい。

「けっこういろいろあるな。好きなものを選べそうだ」

「ああ、これだけあったら迷っちまうぜ」

 ましてや水着を買うなんて初めての経験だ。

 オレはわくわくしながら、とりあえず手近なものから見ていくことにする。

「お、これかっこいい」

 最初に目を留めたのは青のグラデーションが印象的な海パンだ。ラックからハンガーのついたまま取り出して、自分の腰へ当ててみる。

「サイズ、でかくないか?」

「ウェストはゴムだし、いけんじゃね?」

「いや、楓はMサイズでもだいぶ余裕があるからな……気に入ったものがあれば、Sがないか店員に聞いてみた方がいい」

 なるほど、そういうものか。

 オレが手にした海パンをラックへ戻したところで、航太はまた口を開く。

「それと、中にインナーを履いた方がいいぞ」

「インナー?」

「水に濡れたら生地が透ける場合があるし、インナーを履くことで安定感も得られる」

「へぇ、そうなのか」

 まったく知らなかった。地球にいれば、友達とプールや海へ行くこともあっただろうに、オレにはそうした経験がないから無知だ。

「あとラッシュガードも買ってくれ」

 急にアドバイスではなく頼みになった。怪訝に思って振り返ると、航太は視線が合うなり、にこりと笑う。

「楓の裸をあまり他の人に見られたくない」

「……嫉妬か?」

 航太にしてはめずらしいと思ったが、考えてみれば、彼の嫉妬から交際が始まったようなものだ。普段は表に出さないだけで、航太も嫉妬することがある。

「それにほら、お前、乳首弱いだろ?」

「っ、殴るぞ?」

 顔を真っ赤にしつつにらみつけて、オレはふんとそっぽを向く。まったくどういう意味で言ってるんだか。

 後ろで航太がくすくすと笑っているのが分かり、オレは無視して水着選びを再開する。

 しかしSサイズのものは少なく、結局は妥協だきょうすることになった。

 黒地に赤や白などで模様の入った海パンと黒のインナー、そして灰色のラッシュガードを購入し、ひとまずの買い物は終了した。


「せっかくだし、どこかで食べていくか」

「ああ、そうしよう」

 話をしながらレストランフロアへ向かって移動する。

「そういえば、気になってる店があるんだった」

「どこだ?」

「えっと、蕎麦屋。名前はたしか……日本蕎麦すばるだ」

 フロア案内図で位置を確認しながらオレは言い、航太は「蕎麦か。行ってみよう」と、意見を受け入れてくれた。

 少し奥の方へ進むと、目指す看板が見えてきた。

「あった!」

 ずっと気になっていた蕎麦屋なのだが、店の前には行列ができている。

「待ってる人が大勢いるな。どうする?」

 腹はすでにぺこぺこだ。待ってもいいけど、店内へ入るまでにどれくらいかかるだろうか。

「やめよう。また今度にする」

 残念だけど、人気店だと分かっただけでも収穫だと思うことにした。今度は混んでいない時間を狙って来ればいい。

「分かった」

 しょんぼりするオレの頭を軽く撫でて、航太は言った。

「それじゃあ、他の店を探そう」

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