水はほどよく冷たかった。思いきって中へ入れば、夏の蒸し暑さから解放されたような気持ちになる。
「気持ちいいな」
隣で航太が言い、オレはうなずく。
「ああ、すっげぇ気持ちいい」
プールに入るのなんて地球にいた頃以来だ。
スペースコロニーでは水は貴重なものとされているため、プールの入場料金は高い。地球にあるものと違って広さもなく、こじんまりとしたウォータースライダーが目玉になっているほどしょぼい。
それでも水遊びを楽しむべく、親子連れやカップル、友達同士などさまざまな客が来てにぎわっていた。
「浮き輪、使うか?」
「おう」
航太が持っていた浮き輪をこちらへ寄越し、オレはそれに腕を乗せようとして沈んでしまった。同時に浮き輪がばしゃっとひっくり返り、何が起きたか分からずにオレはぱちくりと瞬きをする。
見ていた航太はおかしそうに笑って浮き輪を取り上げた。
「輪の中に入るんだよ」
と、ひっくり返してから真ん中の穴にオレを通す。
「お、おお……」
恥ずかしいのをこらえつつ、今度こそ両腕を乗せてぷかぷかと水へ浮く。
「できた」
「うん、それでいい」
泳げないオレにとって、浮き輪の力を借りて浮くのはなかなか不思議な体験だ。母親から勉強は学べたけれど、宇宙に水はないため水泳までは学べなかった。
「っていうか、航太は眼鏡外してて平気なのか?」
水の中をあてもなく進みながら、オレは彼へたずねた。
しっかりと隣をキープして航太は言う。
「ああ、別に視力が悪いわけじゃないからな」
「ん?」
「高校を卒業して大学へ入るまでの間、時間があったからレーシックで
「はあ!? じゃあ、何で眼鏡かけてんだよ!?」
「外見的特徴がないからだ」
「いや、あるだろ。背高いし、がっしりしてるし」
「でも顔立ちは地味だ」
これまで知らなかったが、どうやら航太は自分の顔にコンプレックスがあるらしい。それで眼鏡をかけていたわけだ。
思い返せば、ベッドの上でも普通にしてるよな。視力が悪いようには見えなかったけど、本当に視力が悪いわけじゃなかったのか。
じーっと彼を見てオレはつぶやく。
「たしかに眼鏡かけてる方がいいかもな」
本当は眼鏡を外した顔の方が好きだけど、だからこそ眼鏡をかけていてほしい。
「そうか?」
と、航太が首をかしげるのを無視して、オレはプールの底を少し強めに蹴った。
水の中にいるのに飽きて、オレたちは屋内にある温水プールに移動した。
「あー、あったけぇ」
「ほっとするな」
ほぼお風呂といった感じだが、だからこそ落ち着く。
「どうする? このあと、またプールに入るか?」
「うーん、どっちでもいい。とりあえずオレは満足した」
「そうか」
デバイスをロッカーに置いてきているため時間は分からないが、もう数時間は経っているだろう。
「楽しんでもらえたようでよかった」
と、航太が笑みを浮かべ、オレも少しだけ頬をゆるめる。
「航太は楽しめたか?」
「ああ、とても楽しかったよ。可愛い楓がたくさん見られた」
浮き輪での失敗を始めとし、波のプールではさらわれそうになり、ウォータースライダーでは思ったより高さがあることで
すぐそばで航太が笑ってくれたからよかったものの、思い出すと嫌になる。
「別に可愛くねぇし」
と、口をとがらせるオレの手に、水中で航太が手を重ねてくる。
「また一緒に来ような。来年にでも」
「……おう」
保証のない未来に約束をするのは不合理な気がしたが、一年後も一緒にいたいという思いは同じだった。