いつものように食堂で航太と二人、向かい合って食事をしている時だった。
「お疲れさま、千葉くん。ここ、いいかな?」
と、声をかけてくる男がいた。知らない男だと思ったが、顔を見てすぐにピンときた。虚構世界の日南梓にそっくりだったからだ。
「ああ、日南さん。お疲れさまです」
航太が隣に座った彼へ笑みを向け、日南隆二はオレを見てくる。
一見さえないおっさんだが背は高く、陰キャ風に見えて妙に堂々としている。顔のパーツに日南梓の面影があり、年齢相応に体はたるんでいるが肥満と言うほどではない。きっと十歳若ければ、もっといい感じだっただろう。
「あ、初めまして。記録課の日南です」
食事を始める前に日南が名乗り、オレは思わずむっとする。
「業務課の田村です」
「同僚でもあり、恋人でもあります」
航太の説明を聞いて日南ははっとした。
「ああ、ごめん。二人の時間、邪魔しちゃったね」
「いえ、気にしないでください。いつも二人で食べているので、たまには違う方がいてくれると楽しいですし」
優しく返す航太だが、オレは黙って日南から視線を外した。本当に邪魔だからどこかに行ってくれ。
しかしオレの気持ちにはおかまいなしに日南が言う。
「そう言ってもらえると助かるよ。実は千葉くんにちょっと、聞きたいことがあってさ」
「何ですか?」
「仕事のデータ入力を自動化できないかと思って、プログラムを組んでみたんだけど、エラーが出て使えなかったんだ。どうやらここのパソコン、普通のとは違うみたいでさ」
視線は向けないがオレははっとした。そういえば、日南はパソコンに興味があるんだったっけ。
「ああ、そうなんです。ここのは全部、量子ビットが使われてるんですよ」
航太が教えると日南は驚いた。
「量子コンピュータってこと?」
「ええ、そうです。アカシックレコードの情報を表示するのに適しているのが量子ビットなので、すべて量子パソコンになってるんですよ」
「そうか、それは気づかなかったな。じゃあ、対応するコードに書き換えれば済む話だね」
「ええ、それで大丈夫です」
どれだけITにくわしいのか気になって、オレは口を挟んだ。
「データ入力の自動化って言いましたよね。補助AIには何使ってんすか?」
日南は目を上げてこちらを見る。
「難しい作業じゃないからSPNにしてるけど」
しょぼいな。
「無料AIじゃあ、すぐに動かなくなりますよ。長期的に安定して動かすならFipsy3.0でしょ」
オレの返しに日南は苦笑した。
「無理無理、そんな高いもの使えないよ」
「じゃあ、せめてCosmにしたらどうです? Fipsyシリーズにくらべたら動作が重いけど、値段の割にしっかりしてますよ」
「ああ、噂には聞いてたけど、やっぱりCosmっていいのか」
Cosmを知らなければにわかだ。日南はある程度くわしいらしい。
「初心者にもおすすめできるAIですね。けど、仕事で使うんなら、やっぱりセキュリティもしっかりしてるFipsyのがいいっすけど」
そろそろ脱落するかと思ったが、日南は意外にも質問をぶつけてきた。
「そういえば、新しくサービスの始まったLulyuはどう? 触ったことある?」
ほんの数日前に公開されたLulyuを知ってるのか。こいつ、能ある鷹は爪を隠すか?
オレは機嫌を損ねながらも片眉を上げてみせた。
「無料のっすよね? 見ましたけど、ここで使うには適してませんね。あれは初心者っつーか子ども向けだし」
「何だ、やっぱりそうなのか。じゃあ、Fipsyのがいいかなぁ」
だが、まだだ。まだオレは優位に立てる。