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第56話 能ある鷹は爪を隠す・前編

 いつものように食堂で航太と二人、向かい合って食事をしている時だった。

「お疲れさま、千葉くん。ここ、いいかな?」

 と、声をかけてくる男がいた。知らない男だと思ったが、顔を見てすぐにピンときた。虚構世界の日南梓にそっくりだったからだ。

「ああ、日南さん。お疲れさまです」

 航太が隣に座った彼へ笑みを向け、日南隆二はオレを見てくる。

 一見さえないおっさんだが背は高く、陰キャ風に見えて妙に堂々としている。顔のパーツに日南梓の面影があり、年齢相応に体はたるんでいるが肥満と言うほどではない。きっと十歳若ければ、もっといい感じだっただろう。

「あ、初めまして。記録課の日南です」

 食事を始める前に日南が名乗り、オレは思わずむっとする。

「業務課の田村です」

「同僚でもあり、恋人でもあります」

 航太の説明を聞いて日南ははっとした。

「ああ、ごめん。二人の時間、邪魔しちゃったね」

「いえ、気にしないでください。いつも二人で食べているので、たまには違う方がいてくれると楽しいですし」

 優しく返す航太だが、オレは黙って日南から視線を外した。本当に邪魔だからどこかに行ってくれ。

 しかしオレの気持ちにはおかまいなしに日南が言う。

「そう言ってもらえると助かるよ。実は千葉くんにちょっと、聞きたいことがあってさ」

「何ですか?」

「仕事のデータ入力を自動化できないかと思って、プログラムを組んでみたんだけど、エラーが出て使えなかったんだ。どうやらここのパソコン、普通のとは違うみたいでさ」

 視線は向けないがオレははっとした。そういえば、日南はパソコンに興味があるんだったっけ。

「ああ、そうなんです。ここのは全部、量子ビットが使われてるんですよ」

 航太が教えると日南は驚いた。

「量子コンピュータってこと?」

「ええ、そうです。アカシックレコードの情報を表示するのに適しているのが量子ビットなので、すべて量子パソコンになってるんですよ」

「そうか、それは気づかなかったな。じゃあ、対応するコードに書き換えれば済む話だね」

「ええ、それで大丈夫です」

 どれだけITにくわしいのか気になって、オレは口を挟んだ。

「データ入力の自動化って言いましたよね。補助AIには何使ってんすか?」

 日南は目を上げてこちらを見る。

「難しい作業じゃないからSPNにしてるけど」

 しょぼいな。

「無料AIじゃあ、すぐに動かなくなりますよ。長期的に安定して動かすならFipsy3.0でしょ」

 オレの返しに日南は苦笑した。

「無理無理、そんな高いもの使えないよ」

「じゃあ、せめてCosmにしたらどうです? Fipsyシリーズにくらべたら動作が重いけど、値段の割にしっかりしてますよ」

「ああ、噂には聞いてたけど、やっぱりCosmっていいのか」

 Cosmを知らなければにわかだ。日南はある程度くわしいらしい。

「初心者にもおすすめできるAIですね。けど、仕事で使うんなら、やっぱりセキュリティもしっかりしてるFipsyのがいいっすけど」

 そろそろ脱落するかと思ったが、日南は意外にも質問をぶつけてきた。

「そういえば、新しくサービスの始まったLulyuはどう? 触ったことある?」

 ほんの数日前に公開されたLulyuを知ってるのか。こいつ、能ある鷹は爪を隠すか?

 オレは機嫌を損ねながらも片眉を上げてみせた。

「無料のっすよね? 見ましたけど、ここで使うには適してませんね。あれは初心者っつーか子ども向けだし」

「何だ、やっぱりそうなのか。じゃあ、Fipsyのがいいかなぁ」

 だが、まだだ。まだオレは優位に立てる。

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