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第57話 能ある鷹は爪を隠す・後編

 何気ない風を装いながら、オレは日南隆二へたずねた。

「ちなみにどういう作業をやらせるつもりで?」

「指定の画面から特定の文字列を拾ってきて、テンプレートに入力させるだけだよ」

「あー、それなら1.5でもいけそうっすね」

 再び会話の主導権を握り、オレは言う。

「よければオレの持ってるFipsy1.5、貸しましょうか?」

 航太が見ている前で日南に優しくすれば、オレの株も上がるというわけだ。

 日南はオレを凝視すると驚きをあらわに言う。

「貸してもらっちゃっていいの?」

 勝利を確信したオレはカレー皿に置いたスプーンを片手でいじりながら返す。

「もうオレ使いませんし、この前のアップデートで量子パソコンにも対応したんで、いけると思いますよ」

「うわあ、ありがとう! 田村くんみたいにくわしい人に相談できてよかった!」

 と、日南が声を上げ、オレはびっくりしてしまった。

 おっさんのくせに純粋かよ。何だか自分が馬鹿みたいに思えてきて、オレはそっぽを向いた。

「別に。っつーか、仕事で使うんなら上司の承認もらって、こっちに元々あるAI使うことになるだろうし、動作確認で一時的に貸すだけっすよ」

 すると、様子を見ていた航太がオレへ向けて微笑んだ。

「楓がAIにくわしいなんて知らなかったな」

「機械が好きなのは知ってるだろ。その延長ってだけだ」

「ああ、なるほど」

 機械のことなら何でも知っていると自負しているが、日常生活で役立つことはあまりない。だから完全なる趣味だ。

 航太は次に日南へたずねた。

「でも、プログラムを作るなんて誰に頼まれたんです?」

「いや、頼まれたわけじゃないよ。ただ、一坂さんが先週から休んでるから、彼女の分の仕事をどうにかできないかと思って」

 航太が軽く目を瞠った。

「一坂さん、具合悪いんですか?」

「うん、メンタルから来てるものっぽいんだけどね、くわしいことは俺にも分からないんだ」

「……そうでしたか」

 一坂といえば蛹ヶ丘魔法学校の作者ではなかったか。それが仕事を休んでる? メンタルの不調で?

 少し気になるオレだったが、日南は言った。

「ごめん、千葉くんは気にしなくていいから」

 そう言われても航太だって気になるはずだ。その証拠に航太の表情は暗くなっていた。


 その日の帰り、オフィスから離れたところでオレは言った。

「日南隆二があんなに日南梓とそっくりだとは思わなかった」

 隣を歩いていた航太はすぐに教えてくれた。

「たしか、八年前の作品だったはずだ。当時の日南さんが、自己投影したキャラクターらしい」

「ふーん」

 そういうことなら腑に落ちる。顔が似ているのも自分自身をモデルにしているからで、きっと日南隆二は若い頃、日南梓みたいだったのだろう。

「ずいぶん美化したと話していたが、そのわりには日南さん自身もおもしろい人なんだよな」

「もっと陰キャっぽいのかと思ってた」

「前にも話したと思うが、原石みたいな人だからな。磨けば光るものをいくつも持っている」

 あいかわらず航太の中での日南の評価は高い。

 しかし、悔しいがオレもそれは理解しつつあった。

「ITに関してもオタクっつーか、マニアの域に片足突っ込んでる感じだったな」

「彼も好奇心が旺盛なんだ」

 くすりと航太が笑い、オレはむすっとする。

「プログラムの書き換えも知ってたし、最新のAI事情も頭に入ってるようだった。認めたくねぇけど、航太が言うようにおもしれーやつなんだろうなって思う」

 すると航太は眼鏡の奥の目を丸くした。

「楓がそんな風に言うなんてめずらしいじゃないか。日南さんのこと、分かってくれたか?」

「まあ、ちょっとは」

「今日の楓は素直だな」

 航太が嬉しそうにオレの頭へ片手を置き、ぽんぽんと撫でてくる。すかさずオレは手で振り払った。

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