何気ない風を装いながら、オレは日南隆二へたずねた。
「ちなみにどういう作業をやらせるつもりで?」
「指定の画面から特定の文字列を拾ってきて、テンプレートに入力させるだけだよ」
「あー、それなら1.5でもいけそうっすね」
再び会話の主導権を握り、オレは言う。
「よければオレの持ってるFipsy1.5、貸しましょうか?」
航太が見ている前で日南に優しくすれば、オレの株も上がるというわけだ。
日南はオレを凝視すると驚きをあらわに言う。
「貸してもらっちゃっていいの?」
勝利を確信したオレはカレー皿に置いたスプーンを片手でいじりながら返す。
「もうオレ使いませんし、この前のアップデートで量子パソコンにも対応したんで、いけると思いますよ」
「うわあ、ありがとう! 田村くんみたいにくわしい人に相談できてよかった!」
と、日南が声を上げ、オレはびっくりしてしまった。
おっさんのくせに純粋かよ。何だか自分が馬鹿みたいに思えてきて、オレはそっぽを向いた。
「別に。っつーか、仕事で使うんなら上司の承認もらって、こっちに元々あるAI使うことになるだろうし、動作確認で一時的に貸すだけっすよ」
すると、様子を見ていた航太がオレへ向けて微笑んだ。
「楓がAIにくわしいなんて知らなかったな」
「機械が好きなのは知ってるだろ。その延長ってだけだ」
「ああ、なるほど」
機械のことなら何でも知っていると自負しているが、日常生活で役立つことはあまりない。だから完全なる趣味だ。
航太は次に日南へたずねた。
「でも、プログラムを作るなんて誰に頼まれたんです?」
「いや、頼まれたわけじゃないよ。ただ、一坂さんが先週から休んでるから、彼女の分の仕事をどうにかできないかと思って」
航太が軽く目を瞠った。
「一坂さん、具合悪いんですか?」
「うん、メンタルから来てるものっぽいんだけどね、くわしいことは俺にも分からないんだ」
「……そうでしたか」
一坂といえば蛹ヶ丘魔法学校の作者ではなかったか。それが仕事を休んでる? メンタルの不調で?
少し気になるオレだったが、日南は言った。
「ごめん、千葉くんは気にしなくていいから」
そう言われても航太だって気になるはずだ。その証拠に航太の表情は暗くなっていた。
その日の帰り、オフィスから離れたところでオレは言った。
「日南隆二があんなに日南梓とそっくりだとは思わなかった」
隣を歩いていた航太はすぐに教えてくれた。
「たしか、八年前の作品だったはずだ。当時の日南さんが、自己投影したキャラクターらしい」
「ふーん」
そういうことなら腑に落ちる。顔が似ているのも自分自身をモデルにしているからで、きっと日南隆二は若い頃、日南梓みたいだったのだろう。
「ずいぶん美化したと話していたが、そのわりには日南さん自身もおもしろい人なんだよな」
「もっと陰キャっぽいのかと思ってた」
「前にも話したと思うが、原石みたいな人だからな。磨けば光るものをいくつも持っている」
あいかわらず航太の中での日南の評価は高い。
しかし、悔しいがオレもそれは理解しつつあった。
「ITに関してもオタクっつーか、マニアの域に片足突っ込んでる感じだったな」
「彼も好奇心が旺盛なんだ」
くすりと航太が笑い、オレはむすっとする。
「プログラムの書き換えも知ってたし、最新のAI事情も頭に入ってるようだった。認めたくねぇけど、航太が言うようにおもしれーやつなんだろうなって思う」
すると航太は眼鏡の奥の目を丸くした。
「楓がそんな風に言うなんてめずらしいじゃないか。日南さんのこと、分かってくれたか?」
「まあ、ちょっとは」
「今日の楓は素直だな」
航太が嬉しそうにオレの頭へ片手を置き、ぽんぽんと撫でてくる。すかさずオレは手で振り払った。