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第58話 ポリシーに反する

 次の日、オレは航太に連れられて記録課へ向かっていた。日南隆二がプログラムを完成させたらしく、それを見てほしいのだそうだ。

 興味があるわけじゃないし、むしろできるだけ日南とは会いたくないのだが、航太に言われたら断ることもできない。

 そういうわけで仕事終わりの記録課へやって来たのだが。

「お疲れさまです」

 と、航太が声をかけると椅子に座っていた日南がこちらを見た。

「お疲れさま。二人とも来てもらっちゃって悪いな」

「いえ、いいんです」

 航太が彼の方へ進んでいき、オレは後をついていく。記録課にいるのは日南だけで、やたらと殺風景だった。

 日南がパソコンの画面へソースコードを表示させる。

「これなんだけど、大丈夫そうかな?」

 テキトーなところへ鞄を置いてから、オレたちは左右から画面をのぞき見た。

 うーん、ちゃんとできてるな……少なくとも初心者ではないことが分かる。納得いかねぇから、オレは隅々まで目を走らせた。

 航太が「これでいけると思います」と言い、日南はほっとしたように返す。

「それなら、これで――」

「いや、記述がまどろっこしくてダメです」

 遮ったのはオレ。一箇所だけ、自分のポリシーに反する部分を見つけたからだ。

 びくっとする日南を見下ろしてオレは言う。

「ちょっといいすか?」

「う、うん」

 日南が航太の方へとずれて、正面に立ったオレはキーボードに両手を置く。

「ここ、こっちの方がいいです」

 あっという間に修正してみせると、航太が感心したように「その手があったか」とつぶやく。

 日南も納得したようでオレを見てくる。

「すごいな、田村くん。君もプログラム組むの?」

「ガキん頃にシステム組んでただけっす」

 視線を向けることなく返しながら、オレはウェブブラウザを開いてFipsyへのログインを進めた。

「何のシステム?」

「位置や角度を自分で選んで、国際宇宙ステーションから観察可能な天体を正確に表示させ、より多くの天体を見つけた方が勝ちっていうゲーム」

 ただただ負荷をかけたいがために作った馬鹿みたいなゲームだ。容量がやたらでかくなって大笑いしたのを覚えている。

「こいつ、宇宙育ちなんです。コロニーができるまでステーションの方にいまして」

「そ、そうなんだ」

 航太と日南が話しているのをよそに、オレは作業を完了させた。

「はい、できた。もうプログラム突っ込んでおいたんで、動くかどうかやってみてください」

 と、キーボードから手を離して後ろへ下がる。日南は椅子を元の位置へ戻した。

「えっと、これ押せばいいのかな」

 マウスでボタンをクリックし、補助AIの動作を開始させる。

 数秒の処理の後、自動的にデータ入力が始まったのを見て、オレはくるりと背を向けた。

「お、いけそう!」

 日南の声がし、オレは航太の後ろを通って鞄を拾う。

 プログラムがちゃんと動くのは当然だ。別に喜ぶほどのことじゃない。

 航太の視線を感じつつ、オレはさっさと扉へ向かった。


 廊下へ出たところで航太が追いつく。

「無言で帰ることないだろう、楓」

「やることやったんだし、いいだろ」

「それはそうだが……やっぱり嫉妬してるのか?」

「別に」

 否定も肯定もせず、オレは前を向いたまま歩く。

 すると航太がため息をついた。

「無理強いする気はないが、僕は二人が仲良くなってくれたらいいなと思っているよ」

 残念だけどきっと無理だ。オレの脳も心も、日南と仲良くなる気なんてちっともなかった。

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