次の日、オレは航太に連れられて記録課へ向かっていた。日南隆二がプログラムを完成させたらしく、それを見てほしいのだそうだ。
興味があるわけじゃないし、むしろできるだけ日南とは会いたくないのだが、航太に言われたら断ることもできない。
そういうわけで仕事終わりの記録課へやって来たのだが。
「お疲れさまです」
と、航太が声をかけると椅子に座っていた日南がこちらを見た。
「お疲れさま。二人とも来てもらっちゃって悪いな」
「いえ、いいんです」
航太が彼の方へ進んでいき、オレは後をついていく。記録課にいるのは日南だけで、やたらと殺風景だった。
日南がパソコンの画面へソースコードを表示させる。
「これなんだけど、大丈夫そうかな?」
テキトーなところへ鞄を置いてから、オレたちは左右から画面をのぞき見た。
うーん、ちゃんとできてるな……少なくとも初心者ではないことが分かる。納得いかねぇから、オレは隅々まで目を走らせた。
航太が「これでいけると思います」と言い、日南はほっとしたように返す。
「それなら、これで――」
「いや、記述がまどろっこしくてダメです」
遮ったのはオレ。一箇所だけ、自分のポリシーに反する部分を見つけたからだ。
びくっとする日南を見下ろしてオレは言う。
「ちょっといいすか?」
「う、うん」
日南が航太の方へとずれて、正面に立ったオレはキーボードに両手を置く。
「ここ、こっちの方がいいです」
あっという間に修正してみせると、航太が感心したように「その手があったか」とつぶやく。
日南も納得したようでオレを見てくる。
「すごいな、田村くん。君もプログラム組むの?」
「ガキん頃にシステム組んでただけっす」
視線を向けることなく返しながら、オレはウェブブラウザを開いてFipsyへのログインを進めた。
「何のシステム?」
「位置や角度を自分で選んで、国際宇宙ステーションから観察可能な天体を正確に表示させ、より多くの天体を見つけた方が勝ちっていうゲーム」
ただただ負荷をかけたいがために作った馬鹿みたいなゲームだ。容量がやたらでかくなって大笑いしたのを覚えている。
「こいつ、宇宙育ちなんです。コロニーができるまでステーションの方にいまして」
「そ、そうなんだ」
航太と日南が話しているのをよそに、オレは作業を完了させた。
「はい、できた。もうプログラム突っ込んでおいたんで、動くかどうかやってみてください」
と、キーボードから手を離して後ろへ下がる。日南は椅子を元の位置へ戻した。
「えっと、これ押せばいいのかな」
マウスでボタンをクリックし、補助AIの動作を開始させる。
数秒の処理の後、自動的にデータ入力が始まったのを見て、オレはくるりと背を向けた。
「お、いけそう!」
日南の声がし、オレは航太の後ろを通って鞄を拾う。
プログラムがちゃんと動くのは当然だ。別に喜ぶほどのことじゃない。
航太の視線を感じつつ、オレはさっさと扉へ向かった。
廊下へ出たところで航太が追いつく。
「無言で帰ることないだろう、楓」
「やることやったんだし、いいだろ」
「それはそうだが……やっぱり嫉妬してるのか?」
「別に」
否定も肯定もせず、オレは前を向いたまま歩く。
すると航太がため息をついた。
「無理強いする気はないが、僕は二人が仲良くなってくれたらいいなと思っているよ」
残念だけどきっと無理だ。オレの脳も心も、日南と仲良くなる気なんてちっともなかった。