コミュニケーション能力に問題がある、というと大げさかもしれない。だが、楓の日南さんに対する態度はどうにも
とはいえ、責めたいわけではないので遠回しに聞いてみる。
「この前、僕が小さい頃の話をしただろう? 楓はどういう子どもだったんだ?」
キッチンに立って夕食を作りながらたずねると、食卓の方から声が返ってくる。
「どうって言われてもな……」
「お前が宇宙に来たのは八歳って言ったな。その前の話が聞きたい」
楓には退屈しないよう、ゆでたじゃがいもをつぶしてマッシュポテトにする作業を任せていた。
「うーん、小さい頃は車が好きだったな。ミニカーでよく遊んでた」
ごく一般的な男児じゃないか、と思ったのもつかの間。
「でも、買ったばかりのミニカーをすぐ壊すから、母親にはよく苦い顔をされてたな」
「それ、何歳頃の話だ?」
「たぶん、三歳か四歳だな。プルバックカーの仕組みを知りたくて、自分なりに観察してたんだ」
やはり目の付けどころが違う。僕は苦笑いをしつつ質問をする。
「他には?」
「あとは……小学一年の時に元素周期表、全部覚えた」
「何で元素なんだ?」
「空気が何でできてるのか気になって、親父に聞いたら教えてくれたんだ。それで風呂の壁に表を貼ってくれて覚えた」
すごい親だ。僕の両親も僕の好奇心を大事にしてくれたが、田村家の方が格上な気がする。
「だから理科は好きだったんだ」
と、楓が席を立つ。
「マッシュポテト、できたぜ」
「ああ、ありがとう」
彼からボウルを受け取り、キッチンの空いた場所へ置いておく。
楓は何故か僕の横に立ったまま、戻ろうとしなかった。それどころかこちらをじっと見ている。
「どうした?」
「オレの話なんかしてたっておもしろくないだろ」
いや、かなりおもしろいが? 天才児として生まれ、のびのびと宇宙で育った楓が天才ではないわけがない。
僕が返す間もなく、楓は手を伸ばすと眼鏡を取り上げた。
「見えてんだろ?」
「ああ、見えてるが」
「もしかして、子どもの時に何か言われたのか?」
「は?」
「お前、自分の顔に特徴がないとか思ってるんだろ?」
楓はどこか不安げな目をしていた。
僕はとっさに視線をそらし、マッシュポテトのボウルに切ったきゅうりとにんじんを入れていく。
「小学五年の時、ちょっといじめられてたことがあってな」
人生における汚点だったが、話してもいいかと思えた。
「顔に特徴がないから見えなかったって、無視されたんだ」
「……意味分かんねぇ」
「うん……でも、その言葉がずっとトゲみたいになって抜けない」
もう忘れていいことなのに忘れられない。まるで呪いだ。
すると楓がうつむきながら言った。
「顔に
いつかの傷口にしみて視界がにじむ。そんな風に考えられるのは、きっと楓が天才だから。
「自信持てよ、航太」
見ると、彼の耳がほんのりと赤くなっている。
恥ずかしいのにわざわざ口に出してくれたことが嬉しくて、僕は手の甲で涙を拭い、鼻をすすった。
「ありがとう、楓。毎日イケメンって言ってくれたら、いつかトゲが抜けるかもしれない」
「ま、毎日!? 甘えんじゃねぇよっ、クソイケメンが!」
声を荒らげる楓の顔はやっぱり真っ赤で、僕は泣きながら笑った。
やっぱり楓はこのままでいい。このままの彼が僕は好きだ。