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第60話 素直になるのは難しい

 朝、いつもの時刻に六組のオフィスへ出勤したらびっくりした。目の前に日南隆二が立っていたのだ。

 身長はオレの方がわずかに低いが、目線の高さはほぼ一緒。思わず目が合ってしまうのも無理はなく、だからこそ困惑した。

 日南もこの状況にどぎまぎしている様子だったが、にこやかに声をかけてくる。

「おはよう」

 無性に腹が立ってオレは眉間に軽くしわを寄せ、彼を無視した。

 六組の人たちへ向けて「おはようございます」と言った時には、日南はもう廊下へと去っていた。

 不機嫌にロッカーへ鞄をしまい、すぐにオレは航太の方へ向かう。

「あいつ、まだお前に用があったのか?」

「ああ、去年の事故のことで聞きたいことがあるらしい」

 何の話かさっぱり分からなかったが、とにかくムカつく。朝から日南の顔なんて見たくなかった。

「昼、食堂で話をすることになったんだが、楓も一緒に」

「今日はオレ、売店で買うからいい」

 即座に返してオレは土屋さんの方へ向かう。

「……そうか」

 と、航太がどこか残念そうに言った。

 昼にまたあいつと顔を合わせるなんてごめんだ。航太には申し訳ないけど、これ以上イライラさせられたくなかった。


 昼休みに入ると、予定通り航太は食堂へ向かっていった。

 オレは売店でメロンパンとレモン牛乳を買い、六組へ戻った。

 室内にいるのはB班の班長である舞原さんと、A班の樋上さんだけだ。他の人たちも食堂へ行っているらしい。

 無言で自分の席へ座り、メロンパンの袋を開けた時だった。

「天邪鬼になるのもほどほどにした方がいいわよ」

 ふいに舞原さんが言い、樋上さんがむせた。ドキッとしてオレも視線をやると、舞原さんは弁当を食べながらこちらをちらりと見る。

「田村くんも素直になる練習をするべきだわ」

 ……も?

「ちょ、舞原さん……俺が何だって言うんすか」

 やっと落ち着いた樋上さんが苦い顔をし、舞原さんは言う。

「あなた、土屋さんのこと好きでしょう?」

「はあ!?」

 オレは思わず声を上げてしまった。あの皮肉屋の樋上さんが性悪の土屋さんを!?

 しかし、樋上さんは頬を紅潮させてそっぽを向く。

「別に、そんなんじゃねぇです」

「そういう態度がよくないの。いつまでも天邪鬼でいると、逃すことになるわよ? 取り返しがつかなくなってから泣き言を言ったって遅いんだから」

 彼女の言葉は樋上さんだけでなくオレにも突き刺さる。

 でも、素直になるのは難しい。

「あいつ、ずっと婚活してるじゃないすか。せっかく頑張ってるのに、俺が口出すわけにはいかないでしょ」

 樋上さんがもごもごとそんなことを言い、舞原さんは息をつく。

「いいわ、いつまでもそうやって日和ひよってなさい」

 突き放すように言われて樋上さんは口を閉じる。

 オレも身につまされながら、黙々とメロンパンをかじった。

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