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第62話 地図特化型デバイス

 電子書籍が一般化した現在、書店で売っているものも電子書籍ばかりだ。店内には試し読みをする専用の機械があり、そこで買いたい本を見つけたら電子ブックなどのデバイスにダウンロードして購入する。支払いはネット決済だ。

「待たせたな」

 と、オレが声をかけると航太は笑った。

「ああ、やっと終わったか。あまりに遅いから七冊も買ってしまった」

「そんなに時間かけた覚えはねぇぞ」

 苦笑して言い返すが、よく見ると航太の手には愛用の文庫本型電子ブックがある。画面にはダウンロード中と表示されていた。

「それ、七冊目か?」

「いや、八冊目だな」

「マジかよ」

 本当に航太は本が好きだ。

 やがてダウンロードと決済が終わり、オレたちは店を出た。

 電子ブックを鞄へしまいながら航太がたずねる。

「目当てのものは買えたのか?」

「ああ、だいたいそろった」

 書店の二つ隣に電子部品を売るパーツショップがあり、オレはついさっきまでそこで買い物をしていた。

「最新のラズパイが評判いいからさ、久しぶりに何か作りたくなったんだ」

「で、何を作るんだ?」

「地図特化型デバイスだ。前に設計だけしてやめたやつ」

「どうして地図なんだ?」

「地図といえば、昔は紙だっただろ? 電子ブックみたいに、形を紙の地図っぽくしたらいいんじゃないかと思って」

 航太が感心したように首を振る。

「それはおもしろそうだ。完成したらぜひ見せてくれ」

「もちろん」

 どうして急に作ることを思い立ったのかというと、自分にしかできないと思ったからだ。負荷が高いだけの重いゲームと同じで、少なくとも日南隆二には思いつかないはずである。

「数週間あれば完成すると思うぜ」

「早いな」

「だってもう頭の中に入ってるし」

「完成図が?」

「うん」

 航太はオレをじっと見つめると小さく息をついた。

「本当に楓はすごいな」

「航太だってすごいだろ」

「まあ、な」

 曖昧ににごす航太を見て、ふとオレは思い出す。

「そういや昨日、樋上さんと昼飯食ったんだ」

「え、樋上さんと?」

「ああ。あの人、土屋さんのことが好きらしい」

 航太が目を丸くして聞き返す。

「土屋さんのことが?」

「でも日和ってて告白できないんだ。ああ見えて樋上さん、けっこうチキンだった」

「へぇ、まったく気づかなかった」

「意外だよなぁ。でも思ってたより普通っていうか、そんなに怖い人じゃなくて、昨日は楽しかったな」

「そうか。よかったな」

 どこか満足気ににこりと笑い、航太はオレの頭を撫でた。

 オレが少し嫌がって身を引くと、航太が申し訳無さそうに笑う。

「先に話しておくよ。実は来週から少し、忙しくなるかもしれない」

「え?」

「楓と夕食を取るのも難しくなると思う」

「何で?」

「日南さんと調べ物をしてるんだ。仕事以外の時間をそっちに使いたいと思ってる」

 日南隆二と調べ物? 具体的に聞きたいところだが、それよりも気になることがあった。

「それじゃあ、泊まりは?」

「まだ分からないが、来週は無いかもしれないな。すまない」

「……そっか、分かった」

 荷物を反対の手に持ち替えて、オレは航太の手を取った。

「今日はその分、覚悟しとけよ」

「それはこっちの台詞だろう?」

 航太がくすくすと笑ってオレの手を握り返す。

 またフラストレーションが溜まらないように、来週は地図デバイスの制作に没頭しようと思った。

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