「いやー、さっきの虚構、おもしろかったなぁ」
オフィスに戻って報告書を書き終えると、オレはわざとらしくつぶやいた。
室内にいるのはA班とオレたちC班の六人だ。
「乙女な土屋さん、めっちゃ新鮮でしたよ」
「ちょっと、田村くん? 口は
土屋さんがにらみつけてくるが、オレの視線は樋上さんへと向いている。彼がこちらの話に聞き耳を立てているのは明らかだった。
「だって本当のことですもん。なぁ、航太」
と、オレが話を振れば、航太もうなずく。
「ええ、正直に言ってもっと見ていたかったです」
「千葉くんまで変なこと言わないでよ。まったくもう」
しかしその時のことを思い出したようで、土屋さんの頬はかすかに紅潮している。
「そういや、土屋さんってどういう人がタイプなんすか?」
オレがたずねると樋上さんの肩がぴくりと動いた。気になっているようだ。
「どういう、って……うーん、そうね」
頬を赤くしたまま土屋さんは考える。
「背が高くてしっかりした人、かしら。ちょっとくらい気が弱くてもいいけど、やっぱり、その……私も甘えたい、っていうか」
めずらしく声がやわらかくて女性的だ。乙女心が彼女をそうさせているのだろう。
「ふーん、年上っすか?」
「そうね、年上だといいかも」
何かを察したらしい灰塚さんが、樋上さんの肩へぽんと片手を置くのが見えた。どうやら彼が片想いをしていることを知っていたようだ。
すると航太もようやくオレの意図を察し、樋上さんの方をちらりと見る。
樋上さんは三十二歳、身長は百七十八センチ。性格さえしっかりしていれば、脈はありそうだ。
「それなら」
と、オレが言ったところで樋上さんががたっと席を立った。
思わず口を閉じてしまったのはオレだけでなく、妙に静まった室内を無言で樋上さんが廊下へと出て行く。
土屋さんは目を丸くしているばかりで、ちっとも気づいた様子がない。これは前途多難だ。
「やれやれ」
灰塚さんがつぶやき、航太はオレへ苦笑いをした。
「後で怒られるかもな」
「もしかして、やりすぎたか?」
首をかしげるオレを見て土屋さんは怪訝そうにした。
「何よ、何の話?」
「いえ、何も。気にしないでください」
と、オレは体の向きを変えてパソコンを見る。
「土屋さんは気にしなくていいです」
航太もそう言って話を終わらせ、土屋さんは腑に落ちない様子で「それならまあ、いいけど」と、つぶやくのだった。
定時後、廊下へ出たところで航太が言う。
「それにしても、楓にもあんな真似ができたんだな」
「あんな真似って?」
航太が唇の端をにやりと上げる。
「樋上さんの背中、押そうとしただろう?」
「だって、あの二人が付き合ったらいいなって思うじゃん?」
と、オレも口角を上げた。
「けっこうお似合いだと思うし」
「たしかにな」
航太が同意し、オレたちはくすくすと笑い合う。
すると後ろから首根っこをつかまれて、オレはびくっと頬を引きつらせた。
「さっきはよくもやってくれたなぁ、田村」
樋上さんだ!
航太はすぐに笑顔を浮かべて「お疲れさまでした」と、足早に去っていった。
「おい、航太!?」
無情にも彼は遠ざかっていき、慌ててオレは叫ぶ。
「可愛い後輩が先輩の背中を押そうとしただけっすよ!? 悪気はないっす!」
「どっちでもいい、もうよけいなことすんな」
乱暴に突き放されてよろけるオレの前を、樋上さんが不機嫌そうに通り過ぎていった。
うーん、やっぱり樋上さんは小心者だな。もっとちゃんと怒ればいいものを、中途半端で許してしまうのだから。