「今日はどこも行かないのか?」
いつものように食堂で航太と向き合って昼食をとりながら、オレはたずねた。
「ああ、今日はいいかな」
と、航太が何とも微妙な返事をする。今週は昼食の後にいつもあちこち調べ回っていたのに、今日はどこへも行かないらしい。
詮索しようかどうかと少し考えて、やっぱり聞いてみた。
「日南といったい何を調べてるんだよ」
五秒ほどの沈黙の後で航太は穏やかな顔をする。
「この前、大雨の日のことを聞いただろう? もしかすると、あの日が人生で最後の雨になるかもしれない。だから他の人たちが何をしてたか、気になってな」
「……ふーん」
航太はオレを見ない。普段なら、嫌になるほどこっちを見て話すくせに。
ということは、航太はきっと本当のことを話していない。嘘とまでは言わないけど、隠しているのはたしかだ。
「そういえば、地図デバイスの制作はどうだ? 進んでるか?」
と、航太がオレを見た。
「ああ、今は
「見た目は紙っぽくなりそうか?」
「うーん、あらためて見たら微妙だった。外側ばっかりは今の環境じゃ、理想を追求できねぇから悔しいよ」
「そうだよな。独身寮のワンルームだし、3Dプリンターがあるわけでもないし」
「そう、3Dプリンター。実家に帰ればあるんだけどさ、わざわざそのためだけに帰るのは嫌だなって思ってんだ」
ふと航太が手を止めて首を軽くかしげた。
「そういえば、楓の両親ってどんな人たちなんだ? 厳しいのか?」
「えっ……いや、厳しくはない。むしろ、自由な方だと思う」
「子どもの自主性を重んじる?」
「うーん」
どう説明したらいいかと考えて首をひねる。
「親父はどんなことでも認めて、応援してくれる。母さんはちょっと厳しい。髪の毛を初めて金髪にした時、めちゃくちゃ怒られて喧嘩になった」
「どうして?」
「不良だって。だから不良で悪いかよって返したら、その日の夕飯なしにされた。けど、親父は母さんを傷つけることだけは許さないから、結局親父にも怒られてさ」
思い出すと自然に苦笑が漏れる。
「でも、オレが高校やめたいって言った時には、二人とも何も言わなかった。その後、ニートになって好き勝手なことしてたけど、やっぱり何も言わねぇんだ。逆にそれが辛くなっちまって……で、独身寮に引っ越したってわけ」
「両親はお前が『幕引き人』になるって言った時、どんな反応だった?」
「やりたいことがあるならやりなさいって、応援してくれたよ」
なんだかんだで両親はいつだってオレの味方なのだ。ただ、オレが不良になることだけは見過ごせなかった。
今となっては悪かったと思っているが、そのせいで中身までは不良になれなかったのがオレだ。本当は喫煙や飲酒にも手を出したかった。
「そうか。いい両親だな」
航太がにこりと安心したように笑い、オレは反対にむっとした。
「お前の話も聞かせろよ」
「ああ、また今度な」
と、航太はさらりとかわして最後の一口を咀嚼する。
今度っていつだよと脳は文句を言いたがるが、心は彼を信じて待つと言う。オレは後者に従うことにして、それ以上は何も言わなかった。