いつものように二人でオフィスを出たところで、オレは航太の鞄に見慣れないキーホルダーがついていることに気がついた。
オレの視線の先を追ったのだろう、航太がすぐに言う。
「前に麦嶋さんからもらったんだ。せっかくだからつけてみた」
キャメルのショルダーバッグに、丸い猫型ロボットのキャラクターが揺れていた。
「鞄に何かつけるの、好きじゃないと思ってた」
と、オレが返すと航太は少し目を丸くした。
「キャラクター物にあまり興味がないだけで、気が向けばつけるぞ。小さい頃、好きだったキャラだし」
「ああ、なるほどな」
納得するとともに疑問が頭に浮かぶ。
「っていうか、航太の小さい頃って聞いたことないな。どんなだったんだ?」
「うーん、わりと面倒くさいやつだったと思う」
「面倒くさい?」
思わず吹き出してしまったが、航太は真面目な顔で答える。
「何でもやりたがる子どもで、危ないことにもよくチャレンジしては怪我してたんだ。妹の世話も率先して見てたから、それに関しては母親からよく褒められたな」
「本当に何でもやりたがってたのか。すげぇな」
好奇心旺盛なのは元から、ということらしい。
「でも、落ち着きがなかったのは幼稚園までだ。小学生になってから読書に目覚めた。友達と外で遊ぶのも好きだったけどな」
「何かきっかけがあったのか?」
「いや、もう覚えてないな。だけど、星を好きになったきっかけなら覚えてる」
航太の目が好奇心できらりと光る。
「小学三年生の時、父親にプラネタリウムへ連れて行ってもらったんだ。夜空に浮かぶ星たちに物語があるのを知って、一気に好きになった」
オレはちょっと微妙な気分になる。航太の心を動かすものは、やはり物語らしい。
「その年のクリスマスプレゼントに望遠鏡を買ってもらって、毎晩のように天体観測をしてた。そのうちに興味が宇宙へと広がって、宇宙飛行士になるのが夢になった」
「研究者を目指したのは?」
「中学二年か三年だったかな。その時にはもう移住計画が発表されて、宇宙が身近なものになっていたからな。今さら宇宙飛行士になるよりも、天体物理学者として宇宙を探求するべきではないかと思ったんだ」
「それでアメリカの大学か」
「まともにキャンパスに通ったのは二年と数ヶ月だけどな」
苦笑と自嘲のまじったような顔で笑い、航太は続ける。
「教授と一緒に惑星インフィナムで調査をして戻ったら、解読を始めとして貢献した実績をいくつか認められて、知らない間に飛び級してた」
「さらりと言うな。自慢にしか聞こえねぇぞ」
オレが呆れ半分に返すと航太はおかしそうに笑う。
「そう言われても、本当にそうだったんだ。僕だってびっくりしたよ」
やっぱり航太はすごいやつだ。天才で完璧だ。
いつもなら妬ましくて苛立つけれど、今日のオレは小さく笑った。天才が鞄につけたキーホルダーが目に入ったからだ。
「ま、そういうことにしといてやろう」
と、オレは前を向いた。航太にも可愛い一面があるのを知って微笑ましかった。