目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第68話 蕎麦をすする音

 週末の泊まりはなしだと聞いていたから、航太から連絡があった時は驚いた。

 日南との調べ物はどうなったのか知らないが、急にデートの誘いが来たのだ。もちろん断るわけがなく、オレはいそいそと出かける支度に取りかかった。


 航太と待ち合わせたのは一区中央のショッピングモール入口だ。大きな赤い鳥居があって、観光スポットとしても有名だった。

「待たせたな」

 すでに来ていた航太へ声をかけると、彼は首を振った。

「いや、そんなに待ってないよ」

「そうか? まあいいや、行こうぜ」

「ああ」

 にこりと笑う航太だが、どうも元気がない。何かあったようだが、どう切り出したらいいものか。

 ひとまず心の奥にしまっておいて、オレは航太とのショッピングを楽しむことにした。

「今日は服見るんだっけ?」

「もう秋物が出てきているからな。夏物は安売りに入る頃だし」

「そうだったな」

 オレもいいものが見つかったら買おう。

「っつーか、航太は何着ても似合うからいいよな」

 何気なくオレが口に出すと、航太は首をひねった。

「そうかな?」

「全然そうだよ。いつもシンプル系だけど、もっといろいろ着てみたらかっこいいんじゃねぇかって、前から思ってた」

「……気が向いたらな」

 いつものようにオレをからかってこない。やっぱり元気がないようだ。

 胸がもやもやするのを感じながらも、オレは努めて明るく振る舞った。


 昼飯は少し時間が遅かったからか、この前あきらめた日本蕎麦すばるに入れた。

 SNSで話題になっていたかき揚げ蕎麦は美味しいが、オレはたずねるなら今しかないと思った。

「で、あいつと何やってんだ?」

 航太の肩がぴくりと小さく揺れる。

「北野響について調べてるんだ」

 やっぱりそうだったのか。でもまだ納得したわけじゃない。

「何で?」

 と、オレは航太の目をじっと見つめた。

 ざる蕎麦を食べながら航太は冷静な口調で説明する。

「土屋さんが彼女と知り合いだったらしいが、虚構世界の彼女は知らなかっただろう? あれが虚構の住人であることは以前から分かっていたが、どうも腑に落ちなくてな」

 航太の視線が下がった。また彼はオレと目を合わせないようにしている。

「それで?」

「日南さんは北野響と名乗る人物と、一度だけ接触している。しかし、彼女が事故で死んだことを知って、どういうことなのか気になったらしい。だから僕も一緒に調べているという、ただそれだけのことだ」

「嘘だ」

 即座に否定してやると、航太がぎこちなく顔を上げる。

「何でだよ、本当だって」

 今度はオレが視線をそらしてかき揚げをかじった。

「だったらオレの目、見て話せよ」

 航太が小さく息を呑む。それが答えだった。

 二人の間に沈黙が居座る。互いの蕎麦をすする音だけが存在する。

 やがて航太はうつむいたまま言った。

「ごめん。少なくとも、お前に迷惑がかからないようにしたいとは思ってる」

「意味分かんねぇ」

 結局、本当のところは何も話してくれないらしい。一滴の墨汁ぼくじゅうらされたみたいに、嫌なものがじわりと心を侵食していく。

 航太は再び「ごめん」と小さく繰り返した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?