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第69話 遠ざかる足音

 店を出てからも重たい空気は変わらず、手をつなぐ気にもなれなかった。

 航太はずっと口を閉じて考え込んでいる様子だし、オレもどう話しかけたらいいのか分からない。

 せっかく二人でいるのに、一緒にいるのが辛い。このままではダメだと思いながらも、オレたちは駅へ向かって歩いていた。

 今日はこれでおしまいなのかと思うと、やっぱり嫌で。

「なぁ、航太」

 オレが呼びかけると、急に航太が立ち止まった。

 何かと思って彼の見ている方向へ視線を向けると、前方に一台の高級車が停まっていた。そこから出てきたと思われる女性の顔には見覚えがある。

「あれ、土屋さんじゃん」

 オレはふとつぶやいた。土屋さんは車内にいる人と話をするような様子を見せた後で歩き出す。

 彼女がこちらに気づく様子はなく、横の道へと入っていってしまった。

「あの車、何だ?」

 怪訝そうに航太が言い、オレは返す。

「局長じゃね? たしか土屋さん、局長のめいだっただろ」

「局長の姪……」

 ぽつりとつぶやいた航太の目がどこか異様な輝きを見せる。

「どうした?」

 何だか変な感じがして首をかしげるオレだが、航太は額に片手をやって考え込む様子を見せる。本当にどうしたんだろうか?

 立ち尽くすオレたちの横を高級車が通り過ぎ、航太は顔を上げた。

「ごめん、楓。すぐ日南さんに会わないと」

「は?」

「本当にごめん。今日は楽しかった」

 言いながら航太が駅へ向かって駆け出す。

 置いていかれたオレは彼の背中を見送るばかりで、遠ざかる足音がやけに響いて聞こえた。

「何なんだよ……」

 どうして急に日南へ会いに行ったんだ? 土屋さんがどうかしたのか?

 でも、航太が調べているのは北野響で……あれ、おかしいな。何か見えそうな気がするけど、どうにもはっきりしない。

 オレは不機嫌に顔をゆがめると、舌打ちをした。


 帰路の途中にあるコンビニでエナジードリンクを買い、甘ったるさと炭酸の刺激で感情を麻痺まひさせた。

 作業の続きをしようと椅子に座ったが、脳は答えを欲して回りだす。

「まずは事実だ」

 ノートパソコンを起動させ、メモアプリに文字を打ち込む。

 土屋さんと北野響は同じ劇団に所属していた。だから土屋さんは虚構世界にいる虚構の北野響へ、自分を覚えていないかとたずねた。当然ながら北野響は覚えていなかった。

 去年の四月、現実の北野響は交通事故で死亡している。その後、彼女が「幕開け人」を自称していたことが分かった。そのため、終幕管理局は「幕開け人」の出現を恐れていたが、ついに先月現れた。

 虚構世界の北野響の影響で日南梓が「幕開け人」になった。日南梓の作者である日南隆二は終幕管理局で保護したが、すでに北野響を名乗る「幕開け人」と接触していた。

 ……それで?

 オレが知っている情報はこれだけだ。

 航太は大雨の日についてみんなに聞いていた。目的は不明。

 航太は北野響について調べていると話したが嘘だ。

 航太は土屋さんを見ると様子が変わり、急に日南隆二へ会いに行ってしまった。

「航太はいったい、何をしてるんだ?」

 心がざわつく。黒い雨のような雫が何滴も何滴も落ちてきて、オレは頭を抱えた。

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