すべての人が幸せになることなどありえない。人と呼べるものは宇宙にもたくさんいて、彼らを含めたらとてつもない数になる。
そのすべてを幸せにすることが僕にできるはずもない。だからせめて、身近な人たちだけでも幸せになってほしいと願うのは、傲慢だろうか。
「樋上さんは、本当にこのままでいいんだろうか」
食堂で冷やし担々麺を食べながら、僕はぽつりとつぶやいた。
向かいでジャージャー麺を食べていた楓が返す。
「さあな」
僕は少し迷ってから言う。
「僕はよくないと思う。誰だって、好きな人と結ばれたいはずだ」
楓はちらりとこちらを見ると、鼻で笑った。
「樋上さんに怒られるぞ」
「……そうだな」
でも、彼がこのままで幸せになれるとは思えない。それが僕は気がかりだった。
「っつーか、考えてみたら土屋さんは樋上さんのこと、何とも思ってないかもしれねぇよな。仮に告白されたとしても、喜ぶとは限らない」
「そうだな、
僕はそう言ってため息をついた。
楓は「ああ」とだけ返し、黙って食事を進める。
どうしたらいいか、僕はずっと迷っている。楓を巻き込むわけには行かないから、本当のことを口にできない。
どうするのが最善なのか、僕には分からない。日南さんに協力したことで得た真実は、あまりにも残酷すぎた。
どうすれば前へ進むことができるのだろう。できれば一人でも多くの人を救いたい。犠牲者は二人もいらない。
でも、でも、でも……。
「お疲れっしたー」
定時後、さっさと帰ろうとする楓を引き留めようとして、思わず後ろから抱きしめた。
「えっ、航太!?」
動揺する楓の声ではっとして、僕はすぐに腕を離す。
「ご、ごめん」
「何だよ……どうかしたか?」
振り返った楓が心配そうに僕を見上げる。どうやら僕は弱っているらしい。
「いや、引き留めようとしたんだけど声が出なかった」
「はあ? それで?」
「……一緒に帰ろう」
「それだけかよ」
呆れたように楓は笑い、「行こうぜ」と歩き出す。
僕はその隣に並べることに安堵した。忘れずに「お疲れさまでした」と他の人たちへ挨拶をし、楓とともに廊下へ出る。
「今日も日南と会うのか?」
「いや、今日は約束してないよ」
「ふーん」
そもそも、僕はまだ彼へ伝えるべき答えを出せていない。
うつむき加減になる僕と裏腹に、楓が明るい調子で話し出す。
「地図アプリ、やっと完成したんだ。今日は動作確認してデバッグする」
「そうか。順調みたいだな」
「それと画面の液晶をやめて、有機ELにしたんだ。こっちのが極薄で紙っぽいかなと思って」
「ああ、それがいいな。サイズは?」
「六インチだから、昔のスマホくらいだな」
「わりと小さいな」
「持ち運びを考えると、どうしてもそれくらいになっちまうんだ」
「なるほど」
楓はいつも通りだった。でも、少し気を遣われているような気もして、部屋へ来ないかと誘うのは
僕が一番に幸せであってほしいと願うのは楓だ。無駄に迷惑や心配をかけたくない。
彼の心を乱すようなことを、僕は極力したくなかった。