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第71話 本当のこと・前編

 記憶還元室を出て廊下を歩いている途中だった。オレは思い切って航太へ言った。

「最近の航太、変だぜ」

 隣を歩く彼はごまかすような笑みを浮かべる。

「そうか? 別に何ともないが」

「絶対に変。暗い顔してるし元気もねぇし、全然航太らしくねぇ」

 航太はオレから顔をそらすと、ため息をついた。

「すまない。あんまり気にしないでくれ」

「無理だよ。オレ、お前の彼氏だろ?」

 前を歩く土屋さんがちらりとこちらを振り返ったが、特に何も言わなかった。

 何とも形容のしがたい複雑な表情で、航太はしばらく考え込んでいたが、覚悟が決まったのかはっきりと告げる。

「分かった。今日の仕事が終わったら、すべて話す」

「本当に?」

 ついオレがいぶかしがると、航太は顎を引いた。

「ああ、この前のデートも中途半端にしちゃったからな。本当にちゃんと話すよ」

 やっと話してくれる気になったらしい。オレは安心して表情をゆるめた。

「分かった。それまで待ってる」


 航太の部屋へ行くのは久しぶりだった。

 いつもみたいに航太が夕食を作ってくれて、オレはありがたく両手を合わせた。

「いただきます」

 今日の献立は焼鮭に冷奴、ほうれん草のおひたしとたくあん、そして炊きたての白米だ。

 航太もすぐに向かいの席へ座って「いただきます」と、箸を取る。

 焼鮭は塩加減がほどよく、ご飯とよく合う。冷奴もなめらかな絹豆腐だし、ほうれん草のおひたしも美味しい。あいかわらず航太の作る食事は最高だなと思っていたら、ふいに彼が口を開いた。

「楓に言わなきゃいけないことがある」

「え、何だよ」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくしつつオレが返すと、航太は冷奴へ醤油をかけながら何気ない調子で言う。

「土屋さんは殺人犯だった」

「は?」

 訳が分からず呆然とする。

 言葉の意味を理解するのを脳がこばんでいた。土屋さんが殺人犯って、そんなわけがないだろう?

 航太は重々しく息をつき、まっすぐにオレの目を見つめる。

「去年の大雨の日、北野響は車に轢かれて死亡した。でも実際は、土屋さんが彼女を車道に飛び出させたんだ」

 オレは焼鮭へ伸ばした箸を止めた。

「……いや、何言ってんの」

 苦笑いをしてみるが、航太は真剣な表情で続ける。

「北野響を轢いた車の運転手が、走り去る人影を目撃しているんだ。さらに土屋さんは当日、酒を飲みに行ったと自分で言っていた。ハッキングして入手したデジタルレシートには、一人分とは思えない注文内容が記載されていた」

「はあ? だからって、でも、警察は」

「ああ、事故として処理した。何故なら土屋さんは局長の姪だ。北野響といたという事実、彼女を殺したという事実は局長に頼んで消去したんだ」

「消した……?」

隠蔽いんぺいしたんだよ。彼女ならやりそうだと思わないか?」

 ああ、分かった。あのデートの時、土屋さんが局長の姪だと知って、航太の中ですべてがつながったんだ。航太は日南隆二と犯人探しをしていたわけだ。

「さらに言うなら、蛹ヶ丘魔法学校での一件だ。あの時の土屋さんの、偽物の北野響に対する態度。犯人であると考えれば納得できる」

 ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。何で、航太がそんなことを……。

 そっと箸を置いてオレは航太を見た。

「航太の言うことが本当だとして、それでどうするんだよ。オレたちには何もできることなんてないじゃねぇか」

 航太は首を振った。

「いや、できることはある。消された些事記憶の核を取り戻して告発するんだ。そして土屋さんにはきちんと罪をつぐなってもらう」

「取り戻すって、どうやって?」

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