戸惑うオレへ航太は淡々と告げる。
「パラサイトドリーマーの力を使うんだ」
はっと息を呑んだ。その情報はオレも目にしたことがある。
「でもよ、あれはまだ分からないことが多いじゃねぇか。想像力がいくら豊かでも、核を取り戻すなんて無理だ。量子だろ?」
「ああ、記憶の核は目に見えない。でも、量子なんだ」
言葉に力を込めて航太は説明する。
「パラサイトドリーマーと記憶の核との間に量子もつれの関係を作り出せれば、離れたところにあるそれを手に入れることができる」
「まさか、量子テレポーテーション……?」
「ああ、それだ。不可能ではないと僕は考えている」
落ち着いて考えれば、たしかに可能性はありそうだ。航太らしい論理的な考えだとも思う。でも受け入れられない。受け入れるわけにはいかない。
うつむいていた顔を上げ、オレは勢いよく立ち上がった。
「でも無理だって! っていうか、何考えてるんだよ!?」
航太は動揺することなく、冷静に返した。
「土屋さんを告発する。現状、それができるのは僕しかいないんだ」
「何で!? 同僚だろ!? 仲間だろ!?」
「でも殺人犯だ。野放しにはしておけない」
これまで一緒に仕事をしてきた仲間が本当に殺人犯だとしても、それは。
「何で……っ、それじゃあ裏切るってことじゃねぇか!」
口に出してからはっとして、オレは力なく椅子へ腰を落とす。そうだ、航太は裏切ろうとしているんだ。オレたちを、土屋さんを。
「そんな……」
「すまない、楓。お前に迷惑はかけないつもりだったが、ちゃんと話さないと納得しないだろうと思ってな」
「それなら、航太は……」
「いや、『幕引き人』をやめるつもりはないよ。代わりに、二週間ほど有給を取ろうと思っている」
「有給?」
目を丸くするオレへ彼は言う。
「最悪の結末を迎えることになるかもしれないが、僕は僕にしかできないことをやりたいんだ。楓とはしばらく離れることになるけど、必ず戻るから待っていてくれ」
「……分かった」
分からないけど分かった。
航太がこんなことになったのは、元はと言えばあいつのせいだ。あいつにそそのかされたんだ。
だってあいつは「幕開け人」と接触していたじゃないか。あちらを裏切ったと見せかけて、最初からこちらを裏切るつもりだったに違いない。
航太がほっとした様子で「食べよう」と言い、オレはうなずいた。
「うん」
箸を取り、食事の続きを始める。焼鮭の味はもう分からない。
「日南と調べてたのって、北野響を殺した犯人だったんだな」
「ああ、そうだ。彼があれは事故ではなく殺人だと教えてくれた。それであちこち調べて回っていたんだ」
「じゃあ、樋上さんは? 樋上さんはどうなるんだよ?」
「……だから、告発する前にせめて何かできないだろうかと思ったんだ。樋上さんと土屋さんを二人きりにする、とか」
航太が急におかしなことを言い出したのは、罪悪感からか。真実を知ってしまって、告発するしかないと思い込んで。
「そっか」
まったく、航太は好奇心が旺盛で真面目なやつなんだから、妙なことに巻き込まないでやってくれよ。負担をかけるような真似はやめてくれ。
ただでさえ航太には向いてないんだ。オレたちとは違うんだ。航太は物語を愛している。
物語には結末が必要だから、土屋さんを告発するなんて言い出したんだ。そうだろう?