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第72話 本当のこと・後編

 戸惑うオレへ航太は淡々と告げる。

「パラサイトドリーマーの力を使うんだ」

 はっと息を呑んだ。その情報はオレも目にしたことがある。

「でもよ、あれはまだ分からないことが多いじゃねぇか。想像力がいくら豊かでも、核を取り戻すなんて無理だ。量子だろ?」

「ああ、記憶の核は目に見えない。でも、量子なんだ」

 言葉に力を込めて航太は説明する。

「パラサイトドリーマーと記憶の核との間に量子もつれの関係を作り出せれば、離れたところにあるそれを手に入れることができる」

 愕然がくぜんとしてオレは返した。

「まさか、量子テレポーテーション……?」

「ああ、それだ。不可能ではないと僕は考えている」

 落ち着いて考えれば、たしかに可能性はありそうだ。航太らしい論理的な考えだとも思う。でも受け入れられない。受け入れるわけにはいかない。

 うつむいていた顔を上げ、オレは勢いよく立ち上がった。

「でも無理だって! っていうか、何考えてるんだよ!?」

 航太は動揺することなく、冷静に返した。

「土屋さんを告発する。現状、それができるのは僕しかいないんだ」

「何で!? 同僚だろ!? 仲間だろ!?」

「でも殺人犯だ。野放しにはしておけない」

 これまで一緒に仕事をしてきた仲間が本当に殺人犯だとしても、それは。

「何で……っ、それじゃあ裏切るってことじゃねぇか!」

 口に出してからはっとして、オレは力なく椅子へ腰を落とす。そうだ、航太は裏切ろうとしているんだ。オレたちを、土屋さんを。

「そんな……」

「すまない、楓。お前に迷惑はかけないつもりだったが、ちゃんと話さないと納得しないだろうと思ってな」

「それなら、航太は……」

「いや、『幕引き人』をやめるつもりはないよ。代わりに、二週間ほど有給を取ろうと思っている」

「有給?」

 目を丸くするオレへ彼は言う。

「最悪の結末を迎えることになるかもしれないが、僕は僕にしかできないことをやりたいんだ。楓とはしばらく離れることになるけど、必ず戻るから待っていてくれ」

「……分かった」

 分からないけど分かった。

 航太がこんなことになったのは、元はと言えばあいつのせいだ。あいつにそそのかされたんだ。

 だってあいつは「幕開け人」と接触していたじゃないか。あちらを裏切ったと見せかけて、最初からこちらを裏切るつもりだったに違いない。

 航太がほっとした様子で「食べよう」と言い、オレはうなずいた。

「うん」

 箸を取り、食事の続きを始める。焼鮭の味はもう分からない。

「日南と調べてたのって、北野響を殺した犯人だったんだな」

「ああ、そうだ。彼があれは事故ではなく殺人だと教えてくれた。それであちこち調べて回っていたんだ」

「じゃあ、樋上さんは? 樋上さんはどうなるんだよ?」

「……だから、告発する前にせめて何かできないだろうかと思ったんだ。樋上さんと土屋さんを二人きりにする、とか」

 航太が急におかしなことを言い出したのは、罪悪感からか。真実を知ってしまって、告発するしかないと思い込んで。

「そっか」

 まったく、航太は好奇心が旺盛で真面目なやつなんだから、妙なことに巻き込まないでやってくれよ。負担をかけるような真似はやめてくれ。

 ただでさえ航太には向いてないんだ。オレたちとは違うんだ。航太は物語を愛している。

 物語には結末が必要だから、土屋さんを告発するなんて言い出したんだ。そうだろう?

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