仕事の合間に航太は灰塚さんへ声をかけた。
「灰塚さん、来週から有給を取らせてもらってもいいですか?」
彼らの様子を横目に見つつ、オレは航太の決意が固いことを知る。
「有給は労働者の権利だからかまわないが……まさか、使いきるつもりか?」
「すみません。どうしてもやりたいことがあって、少し遠くまで行くことになりそうなんです」
航太は自分にしかできないことをやるのだと言っていた。昨夜の話から推測するに、パラサイトドリーマーと記憶の核で量子もつれを成立させる方法を探すのだろう。
「そうか、それにしても二週間は長いな」
書類を軽く整えてから机の上へ置き、灰塚さんは笑った。
「まあ、申請が通らないってことはないから、安心して好きなことやってこい」
「ありがとうございます」
千葉が灰塚さんへ頭を下げ、オレは彼らから視線を外した。
実際のところは分からないが、人間の脳にも量子があるらしいとは昔から言われている。複雑かつ精密なシステムには量子的な動きが関わっていて、それで人類は知恵を獲得したのだとか。
そうしたことを航太も聞いたことがあるのかもしれない。だとしたら、彼の仮説が実証される日は近い。
虚構世界にはいろいろある。ファンタジーにラブロマンス、アクションにヒューマンドラマ、そしてサイエンスフィクション。
「これがタイムマシンか。興味深いな」
航太が見つめているのは子ども用の三輪車だ。この物語では三輪車で未来や過去へ行く設定らしい。
「使われる前に壊すんだろ。どけ、航太」
と、オレは手にした大きな鎌を振り下ろし、元の形がなくなるまで切り刻む。
「うわー! なんてことしてくれてんだ!?」
音を聞きつけて主人公の男が駆け寄るが、すかさず土屋さんが立ちふさがって銃口を向けた。
「あなたたちは虚構の存在なの。申し訳無いけど消えてもらうわ」
「えっ?」
有無を言わせず発砲して撃ち殺す土屋さん。
「きゃああああ!」
離れたところから悲鳴が上がり、ようやく航太も長弓を取り出した。
オレは駆け出しながら大声で叫ぶ。
「てめぇらも虚構なんだよ!」
今どきSFなんてクソダサくて見ていられない。タイムマシンなんてありえないし、それなら量子もつれで過去を改変する方がまだ現実的だ。
虚構の住人をあらかた消したところで息をつくと、後ろから声がした。
「なーんてね! 実はこっちが本物のタイムマシンでしたー!」
土屋さんが撃ち殺したはずの男が立ち上がり、胸ポケットから三輪車を取り出した。
「っざけんな!」
さすがにこの展開はムカつくわけだが、すぐに航太の矢が男の胸を貫いた。
今度こそ倒れた男だが……「なーんてね!」と、また立ち上がる。
「田村くん、首はねちゃって。その後、頭部を撃つから」
「了解っす」
大鎌を握り直し、勢いよく首と胴体を切断する。
地面に転がった頭部を土屋さんが何発も撃ち、再生不可能なまでに破壊した。
「万が一また生き返ったら面倒なので、この世界からして壊しましょう」
航太が言い、オレは近くの塀へ鎌を振り下ろした。
「ったく、だからSFは嫌いなんだよ! 何でもありはずるいだろ!」
「風評被害と言いたいところだが、同意する部分もあるな」
航太が笑い、土屋さんはため息をついた。
「まったくだわ。頭が生えてきてる」
見ると男の胴体から頭部が生えつつあり、土屋さんが指示を出す。
「私が見てるから二人はさっさと壊して。でないとこの虚構、いつまで経っても消えないわ」
「分かりました」
「了解!」
それぞれに返事をして、オレたちは急いで舞台そのものを破壊するのだった。