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第73話 サイエンスフィクション

 仕事の合間に航太は灰塚さんへ声をかけた。

「灰塚さん、来週から有給を取らせてもらってもいいですか?」

 彼らの様子を横目に見つつ、オレは航太の決意が固いことを知る。

「有給は労働者の権利だからかまわないが……まさか、使いきるつもりか?」

「すみません。どうしてもやりたいことがあって、少し遠くまで行くことになりそうなんです」

 航太は自分にしかできないことをやるのだと言っていた。昨夜の話から推測するに、パラサイトドリーマーと記憶の核で量子もつれを成立させる方法を探すのだろう。

「そうか、それにしても二週間は長いな」

 書類を軽く整えてから机の上へ置き、灰塚さんは笑った。

「まあ、申請が通らないってことはないから、安心して好きなことやってこい」

「ありがとうございます」

 千葉が灰塚さんへ頭を下げ、オレは彼らから視線を外した。

 実際のところは分からないが、人間の脳にも量子があるらしいとは昔から言われている。複雑かつ精密なシステムには量子的な動きが関わっていて、それで人類は知恵を獲得したのだとか。

 そうしたことを航太も聞いたことがあるのかもしれない。だとしたら、彼の仮説が実証される日は近い。


 虚構世界にはいろいろある。ファンタジーにラブロマンス、アクションにヒューマンドラマ、そしてサイエンスフィクション。

「これがタイムマシンか。興味深いな」

 航太が見つめているのは子ども用の三輪車だ。この物語では三輪車で未来や過去へ行く設定らしい。

「使われる前に壊すんだろ。どけ、航太」

 と、オレは手にした大きな鎌を振り下ろし、元の形がなくなるまで切り刻む。

「うわー! なんてことしてくれてんだ!?」

 音を聞きつけて主人公の男が駆け寄るが、すかさず土屋さんが立ちふさがって銃口を向けた。

「あなたたちは虚構の存在なの。申し訳無いけど消えてもらうわ」

「えっ?」

 有無を言わせず発砲して撃ち殺す土屋さん。

「きゃああああ!」

 離れたところから悲鳴が上がり、ようやく航太も長弓を取り出した。

 オレは駆け出しながら大声で叫ぶ。

「てめぇらも虚構なんだよ!」

 今どきSFなんてクソダサくて見ていられない。タイムマシンなんてありえないし、それなら量子もつれで過去を改変する方がまだ現実的だ。

 虚構の住人をあらかた消したところで息をつくと、後ろから声がした。

「なーんてね! 実はこっちが本物のタイムマシンでしたー!」

 土屋さんが撃ち殺したはずの男が立ち上がり、胸ポケットから三輪車を取り出した。

「っざけんな!」

 さすがにこの展開はムカつくわけだが、すぐに航太の矢が男の胸を貫いた。

 今度こそ倒れた男だが……「なーんてね!」と、また立ち上がる。

「田村くん、首はねちゃって。その後、頭部を撃つから」

「了解っす」

 大鎌を握り直し、勢いよく首と胴体を切断する。

 地面に転がった頭部を土屋さんが何発も撃ち、再生不可能なまでに破壊した。

「万が一また生き返ったら面倒なので、この世界からして壊しましょう」

 航太が言い、オレは近くの塀へ鎌を振り下ろした。

「ったく、だからSFは嫌いなんだよ! 何でもありはずるいだろ!」

「風評被害と言いたいところだが、同意する部分もあるな」

 航太が笑い、土屋さんはため息をついた。

「まったくだわ。頭が生えてきてる」

 見ると男の胴体から頭部が生えつつあり、土屋さんが指示を出す。

「私が見てるから二人はさっさと壊して。でないとこの虚構、いつまで経っても消えないわ」

「分かりました」

「了解!」

 それぞれに返事をして、オレたちは急いで舞台そのものを破壊するのだった。

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