次の日の昼休み、食事の最中にオレはたずねた。
「量子もつれで過去が変えられるって話、航太は聞いたことあるか?」
カレーライスを食べながら航太はうなずく。
「ああ、聞いたことあるよ。実用化にはまだまだ遠いらしいが」
「うん。でもさ、オレ思うんだ」
トマト牛丼のトマトを口に入れ、何回か咀嚼してから話し出す。
「マンデラエフェクトってあるだろ? あれで過去が改変されてるってよく言われるけど、もしかしたらこの世界には何かしらの法則があって、量子もつれによる過去改変が自然発生的に起きてるのかもしれない」
「……」
「昔、量子もつれのことを不気味だって言ったやつがいたけど、そもそもこの世界っていう存在からして曖昧なんだ。言い方を変えれば、何が起きたっておかしくない」
「それで?」
「人間の持つ記憶や意識なんかもそうだ。本当は何もかも曖昧で、何が正しくて何が間違っているかなんて、本当は誰にも分からねぇんだよ。それなのに分かった気になってるのがおかしいんだ」
「大丈夫か、楓。言ってることが
「ああ、信じたいものがあるならそれでもいいよ。否定はしない。けど、アカシックレコードの記録さえ消去できるんだっていうのが、この世界の曖昧さを裏付けてるとオレは思う」
航太は心配そうに眉をひそめた。
「僕もお前の言うことを否定しないよ。だが、すべてが曖昧だとしても、今ここに僕と楓がいるというのは事実だ。過去を改変できたとしても、お前が急に別人になることはない」
「そうだな。でも過去の一部を変えたことでバタフライエフェクトが起きて、オレがオレじゃなくなる可能性はある」
「うーん、困ったな」
軽く笑いながら航太は話す。
「それだけは
……ん? 今、何て言った?
呆然とするオレへ、航太はいつものように口角を上げる。
「僕は楓となら結婚してもいいと考えているが、楓が楓ではなくなったら結婚はできない」
「……な、何でそんな話になるんだよ」
言いながらオレは視線をそらす。
「僕の考えを述べているだけだよ。量子もつれによる過去改変やバタフライエフェクトについて考えるのもいいけれど、僕は今、自分の目の前にある現実を信じたい。今、目の前にいるお前を愛したいんだ」
にこりと航太が微笑んで、オレは頬が熱くなる。真っ昼間に聞かされていい台詞じゃない。
「というわけだから、難しいことはもう考えるな」
「……ひとまず、そうする」
すっかり航太のペースにはめられてしまった。オレが言いたかったのはそういうことではなかったが、恥ずかしさが上回ってもう話す気になれない。
航太は安心した様子で食事を進めていき、オレはグラスの水を一気に飲み干した。
少し離れたテーブルに樋上さんが座っていることに気づいた。向かいにいるのは見慣れた後ろ姿、土屋さんだった。