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第75話 彼のデバイス

 航太がシャワーを浴びている間、彼のデバイスはいつも食卓の隅の方に置いてある。

 音を立てないよう慎重に取り上げ、暗証番号を入力してロックを解除し、起動する。

 メッセージアプリを開いて日南隆二を探し、プロフィールへ飛んで電話番号を入手。

 次にコネクトビーコンの設定を開いて位置情報がオンになっていることを確認する。

 ゴーストアプリを入れるのが一番楽ではあるのだが、航太が気づかないわけがない。

 デバイスを閉じて元の位置へそっと戻し、オレは何食わぬ顔で奥の部屋へ移動した。

 ベッドへ寝転がり、自分のデバイスを開いていつもやっているゲームを起動させる。

 数分ほどで航太が浴室を出た。洗面所の方からドライヤーを使う音が聞こえてくる。

 髪を乾かし終えた航太がやって来て、いつものようにオレのすぐそばへ腰を下ろす。

「楓には寂しい思いをさせてしまうな」

「別にいいよ。たった二週間なんだし」

「そうか? 前に土屋さん言ってたぞ」

 ゲームをやめてオレは起き上がり、デバイスを机の上に置いてから航太を振り返る。

「毎日寂しそうで退屈そうだったって」

「……オレは子どもじゃねぇっつーの」

 航太はくすりとおかしそうに笑うと、両腕を伸ばしてオレの体を優しく抱き寄せた。

「あの時の楓、テンション高かったな」

「何だよ、あの時っていつのことだ?」

「日南さんの世話役から解放された時」

「ああ、久しぶりに三人が集まった時」

「あの時、すごくテンション高かった」

「気のせいだろ、機嫌がよかっただけ」

「それをテンションが高いと言うんだ」

 彼の肩にもたれていた顔を上げて、オレはそっと航太の顔から眼鏡を外してやった。

「オレの前では眼鏡かけなくていいよ」

「つい癖でな、かけないと不安になる」

「オレと二人でいる時は、眼鏡禁止な」

「うーん、そんなに僕はイケメンか?」

「ち、違っ……いや、やっぱ違わない」

 顔が赤くなるのを自覚しつつ、航太の眼鏡を棚の上へ置いて、あらためて彼を見る。

「顔が好みだから惚れたわけじゃない」

「そうだな、もちろん分かっているよ」

「他にも好きなとこ、いっぱいあるし」

「僕は楓を構成するすべてが好きだな」

「……オレの話、ちゃんと聞けっての」

「ああ、すまなかった。……それで?」

 オレは体を離してから膝立ちになり、航太の膝の上へ乗るようにして彼を見下ろす。

「航太、二週間待てなかったらごめん」

 彼は呆れたように笑ってからすぐに目を丸くした。オレが航太を押し倒したからだ。

「楓……信じて待っていてくれないか」

「努力する。でも航太のそばにいたい」

 オレはまっすぐ目を見つめながら言ってから、困惑する航太の唇をキスでふさいだ。

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