とうとう航太が有給休暇に入ってしまった。オレと土屋さんは他の組への応援に行くことになり、六組C班はまたばらばらになった。
「待機させられるよりはマシだけど、やっぱり慣れないチームでやると疲れるわね」
昼になり、オフィスへ戻ってきた土屋さんがそう言って伸びをした。
「田村くんも気を遣うでしょう?」
「ええ、まあ」
午前中にオレが行ったのは三組B班で、古い無意義記憶を消去するのが目的だった。
「虚構記憶と違って、無意義記憶は外側から消すからやりにくかったっす」
「でも、いい経験になったんじゃなくて?」
「それはそうっすけど」
土屋さんはくすりと笑うと、何故かオレのすぐ横へやってきた。
「ところで、少し気になることを聞いたんだけど」
「何ですか?」
座ったままオレが視線をやれば、彼女はどこか真剣な顔で問う。
「千葉くん、虚構世界管理部によく行ってたらしいじゃない。いったい何が目的なのか、知ってる?」
「それって、ちょっと前のことですよね?」
「ええ、先々週くらいって聞いたわ」
オレはピンときた。
「くわしいことは知らないっすけど、その頃、日南隆二とよく一緒にいたのは知ってます」
「日南隆二?」
土屋さんは怪訝そうに首をかしげた。
「何か調べてたっぽいですよ」
と、オレが付け加えると彼女はますます怪訝な顔になった。
「そう。分かったわ、ありがとう」
土屋さんはすぐに自分のデスクへ戻った。どこの誰から聞いたのか分からないが、航太の動きを不審に思っている様子だ。……当然か。航太が日南と見つけた真犯人は、土屋さんだったのだ。
あの事故、いや、事件について、
教えてやろうかとも思ったが、状況を引っ掻き回したところで何になる。オレにとってメリットがあるわけでもない。
やっぱり何も言わずにいることにして、オレはロッカーにしまった鞄から薄型のデバイスを取り出した。
起動させながら席へ戻り、赤い点を表示させる。どうやら三区にある大学の図書館へ行っているようだ。
一方で黒い点は今朝からずっと同じ場所に留まっており、オレはほっとした。
航太がいない間、オレはデバイスを確認するのがクセになっていた。
仕事の合間だけでなく、独身寮の部屋へ帰ってからも度々確認する。おかげで黒い点の行動パターンがだいたい決まっていることに気がついた。朝から夕方まで職場にいて、その後決まった場所へ向かうのだ。
一度、黒い点と赤い点が近い時間に近い場所で消えたことがあった。電源が切られてそれ以上は追跡できなかったが、電源がついたのはほぼ同時刻だった。
次に同様の現象が起きたのが翌々日で、さらに次の日の夜にも同じことが起きた。
「……やっぱり一緒にいやがる」
確信を得たオレは舌打ちし、デバイスを置きっぱなしにして立ち上がった。
棚の引き出しを開けてケーブル類をしまってある箱を探る――。