アポイントメントを取るだけでも大変なのに、先方の都合が悪くなったため予定がキャンセルされてしまった。
空いた時間をどう使おうか考えて、早いけど彼らへ会いに行くことにした。新しい情報も入手できたし、共有しておきたい。
駅からマンションへは徒歩十分。少々遠いが、慣れればどうってことのない距離だ。
コンビニの近くまで来た頃だった。前方に見慣れた背中を見つけ、僕は驚かずにはいられなかった。しかも、誰かと話している様子だ。
コンビニの前まで来ると、二人が角を曲がって路地へ入っていった。その横顔から、楓と日南さんだと分かる。
妙な胸騒ぎがして足を早めた。どうして楓がここにいるのか、考えるのは後だ。
僕が路地へついた時、楓は日南さんの背後に立っていた。その手に紐状の物が握られていることに気づき、とっさに彼の右手をひねり上げる。
「何しようとしてた、お前」
頭で理解する前に体が動いていた。楓が僕をにらみ、手にしていた紐状の物を落とす。
「っ……離せよ!」
苦しげな声を上げて抵抗する楓だが、僕の腕力にかなうはずもない。
振り返った日南さんは、状況を飲み込めていないようで困惑していた。
僕はあくまでも冷静にたずねる。
「答えろ。今、日南さんに何をしようとしていた?」
日南さんがはっと息を呑んだ。
人気のない路地は行き止まり。薄暗くて防犯カメラも届かない。
楓はここで紐状の物を使い、日南さんを殺害しようとしていた。そうとしか思えない状況だった。
僕が手に力を込めると、楓がわめき出した。
「だってあいつが! あいつがいるから、航太はオレから離れてったんだ! あいつさえいなければ!!」
まさか分かっていなかったのか? 僕たちはすれ違っていた?
「ちゃんとお前には話したはずだ」
「じゃあ、あいつと何やってんだよ!? あいつのせいなんだろ!? 全部、あいつが……っ」
「日南さんは関係ない。これは僕の意思でやっているんだ。勘違いするな」
無性に苛立った僕は目付きを鋭くさせて彼をにらむ。楓がびくっとして怯えた顔になり、半歩後ずさる。
手に力を入れすぎていたことに気づき、すぐに離した。楓は右手をかばうようにしながら後ろへ下がるが、じきに外壁にぶつかってその場に座り込んだ。
ふと地面へ目をやり、僕は紐状の物を取り上げた。フラットタイプのケーブルだった。
鞄の中へしっかりとしまってから、呆然と立ち尽くしている日南さんへ声をかける。
「大丈夫でしたか?」
日南さんは顔面蒼白になりながらも返事をした。
「う、うん……」
恐怖とショックとで、手が小刻みに震えている。
僕も心臓がばくばくと鳴っていて、いまだ状況を受け入れきれていなかった。しかし、第三者である僕こそ冷静でいなければならない。
「あいつの代わりに謝ります。申し訳ありませんでした」
「そんな……助けてくれたのは、千葉くんだし」
と、言ったところで日南さんは気づく。
「あれ? でも、今日は午後からこっちに来るって話だったよな?」
「ええ、先方の都合が悪くなったので予定がキャンセルになったんです。なので、早めにこちらへ来たのですが……」
言葉の途中で僕は楓を振り返る。子どもみたいにしゃがみ込んで泣いていた。
「そうして正解だったようですね」
「……そうだね」
日南さんは苦い顔でうなずいた。会話をかわしているうちに、多少落ち着いてきた様子だ。
――さて、どうしたものか。